神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

敬愛する師12  ~サンダーシングの悲劇 SS3

敬愛する師の話より

 インドの聖者サンダーシングも欧米のキリスト教国を巡遊してみて、痛く失望し、かく言っています。「現今の欧米のクリスチャンは主イエス・キリストの奇跡を信じていない。なぜに奇跡を信じなくなったのか。思うに、彼らが霊的でなく、あまりに物質的であるからだ。インド教徒にすら霊的な人々が少なからずあるのに、キリスト教国と言いながら、正反対の発見をなさしめられようとは、なんとこれほどおかしなことがあろうか。ことに、アメリカには洪水のごとくにたくさんのキリスト教があるが、ひとつとして霊的に満足すべきものがない。それはちょうど、渇いた人が大海に溺れながらも、渇きを癒すことができないのは、海水が塩辛いためであるが、同様にあまりにも物質主義の染み込んでいるアメリカのキリスト教の中では、霊的な渇きを癒そうにも、癒せるものではない。あまりに物質主義(マテリアリズム)に濁らされているからである。我らの主は、『すべて重荷を負う者よ、我に来たれ。我汝らを休ません』と言われたが、現代のアメリカに対しておそらく『すべて黄金の重荷を負う者よ…』と呼びかけられるに違いない。ドル崇拝の重荷がまず取り去られぬ以上、アメリカのキリスト教は救われぬ。莫大な金をかけて幾百人の宣教師をインドに来航せしめるよりも、一人の真の霊的なキリストの弟子を派遣されることの方が、どんなに伝道上大切であろうか。ただし、我らインドの要するものは生けるキリストであって、欧米流の宗教教義や神学なんか何ら必要としない」。~サンダー シング

 知的な教義や儀式でしかない欧州のキリスト教や、物質主義のアメリカ教をサンダーシングはひどく厭悪しています。もう二度とあんな非霊的なキリスト教国には行きたくない、とも語っています。はっきりと、こんな見解を至る所で述べて回ったので、欧米の宗教家から惨酷に取り扱われ、彼らの冷酷な批評や悪罵に心痛めつつ、肉体までも病みつく次第を詳細に、近刊の伝記で、インド人のアパサミー博士が述べています。欧米のクリスチャンの冷たい批評に殺されて、ついに死地に追い込まれて行ったとは、サンダーシングの痛ましい内面的な悲劇でありました。(彼は、カイラス山中に身を隠してしまいました)

 我ら日本のキリスト人たるもの、彼の死の教訓を生かして、欧米キリスト教徒その亜流のもたらす思想的害毒に気づいて、極力、彼らを阻止しなければなりません。千万金のドルをかけて、日本魂を買い取ろうとするクルセードを警戒せよ!われらは新約聖書の昔に帰り、その原始福音に清純な岩清水を汲みさえすれば、容易に魂の渇きを癒すことができるのです。何も欧米人によって歪められたキリスト教を、断じて日本人に押し付けてもらいたくない!われらは激しくレジスタンス(抵抗)しなければなりません。何も民族的偏見から私は言うのではない。アメリカの敬虔な哲人、エマーソンも言っているように「今や欧米キリスト教国には、真のクリスチャンは見つからない」と言い、英国の良心を代弁する人として、有名なバートランドラッセルでも「キリスト教会の信者である事は恥ずべきことだ」と言うほどではないか。   

~以上師の話。

 当時、内村鑑三も理想をもって渡ったキリスト教国アメリカで、痛く失望したと言っていました。真に福音を阻害し邪魔する者は、キリスト教徒と名乗るニセ信者なのかもしれません。サンダーシングのような、真に霊的なひとりの礼拝者がいれば、インドやチベットの山々で村ごと救われるような一大奇跡も起こりました。しかし、不信仰な頭でっかちのキリスト教国に行っては、奇跡は起こせなかったのです。

 現代では、アフリカ、チベット、中国、イスラム圏、日本でも、霊的な炎を燃え上がらせている不思議な柴が見受けられます。まだ、主はお見捨てになっていないのです。否、この世に火を注ぐことを願っておられるのです。

    サンダーシングは、「花について多くのことを知るには、長い時間を必要とする。しかし、その香りを楽しむには、一瞬しかかからない」と言っています。頭でっかちの宗教でなく、彼のように、天の香りを楽しむキリスト人になりとうございます。 

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