毎年3月11日に祈りをささげてきた合同追悼・復興祈願祭。今回の会場は、カトリック雪ノ下教会(神奈川県鎌倉市)。参加した宗教者は約100人、参列者は焼香者を含めると千人以上に上った。カトリック雪ノ下教会に到着した宗教者らは、東日本大震災が発生した午後2時46分に鎌倉市内の寺院と教会の鐘が鳴り響くと、すでに聖堂内外に集まっていた参列者らと共に1分間の黙祷を行った。イザヤ書43章5節から7節の聖書箇所が拝読され、「全ての人が解放され、喜びを持って生きることができるように」と祈られたのち、神道、仏教、キリスト教の順に、それぞれの宗教による祈り、お祓いが祭壇上で行われた。
神道、仏教の宗教指導者こそ、イエス=キリストの福音から遠く、その立ち位置はまさに「地の果て」だ。しかし創造主の存在を感じたから、宗教関係者になったはずだ。そんな宗教関係者を教会に集めて、311の犠牲者のために心を合わせて祈り、キリストの愛の息吹を少しでも感得できれば、案外集う者たちは心開くに容易なはずです。こんな大胆で物おじしない宣教も異種格闘技のようで良いものです。
神道といえば、実は現在の今上天皇は、戦後しばらくの間、熱心なクェーカー教徒のエリザベス・ジャネット・グレイ・ヴァイニング(Elizabeth Janet Gray Vining)に家庭教師をしてもらっていました。当時皇太子であった明仁親王は少なからずその影響を受けたのでしょう。軽井沢のテニスコートで、明仁親王は数いる令嬢の中でどうしても正田美智子妃と結婚したいと思われた。美智子妃の祖父母は、共に熱心なカトリック教徒だったからかもしれません。妃の品性は、内から滲み出るものがありました。
美智子妃ご本人はクリスチャンにはならなかったものの、ミッション系の聖心女子大でカトリック信仰について多くを学んだ。そして、常陸宮が美智子妃からキリスト教について「いろいろ教えられた」と言うほどの知識と熱心さをもっていました。実は30年ほど前、美智子妃が、私の通う大学図書館まで蔵書の古い聖書をご覧になりにお忍びで来てお目にかかったことがありました。
孫の秋篠宮眞子内親王、佳子内親王は、共に学習院大で卒業はせず、国際基督教大学を望んで進学したのは有名です。
皇室の救いについては、戦後、無教会派を中心にみなが本気で祈っていました。敬愛する師も、毎月福音誌「生命の光」を皇室へ送っていたといいます。それが実ってきているのでしょうか。
われわれも国の指導者のために祈ることで、奇跡を起こせることを信じます。