神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、終末預言や聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

レーマを読み解く1  ~聖書の魚とは何か

  聖書には、「パン」を「御言葉」や「キリストの身体」、「パン種」を「教え」、「葡萄酒」を「キリストの血」のように身近な食べ物を置き換えて話されるイエスの比喩があります。さて、では頻繁に出てくる「魚」は、何を暗示しているのでしょう。2年前、「魚」とは何か、半年間、主に教えてほしいとねがったのでした。すると啓示が来ました。実は、魚にまつわるいくつかの出来事から共通して暗示されていました。❶ヨナは、神のみ声に逆らい、(自分の考え)でニネベに行くことを拒み、自分の体(生命)を大きな魚に飲み込まれました。ペテロは、イエスに声をかけられると、❷魚獲り(仕事)に使う網を捨て従った。イエスは、神殿税をどうするか訊ねたペテロに、❸釣った魚の口に銀貨(お金)があるのでそれで払えと言われた。群衆に食べさせる物がないとき、❹少年が2匹の魚と5つのパン(その日の食物)をさし出した。自分の考え、生命、仕事、お金、食物 ~これらは、どれも人がこの世で大切にしている(宝)です。

「魚」はあなたの大切にするこの世のものを指します。「あなたの宝のあるところに、あなたの心もある。」マタイ6:21 「魚」とは、「あなたの心を占めているこの世の宝」です。その「あなたの心を占めている宝」を、ペテロのように網ごと捨てて、イエスに従いなさい。少年のように大切な食物をイエスに捧げなさい。そうすれば主は、男だけで5千人が満腹になるほどにそれを用いてくださいます。イエスは、地上の宝ではなく、天に宝を蓄えよと言っています。それは、「魚」=「あなたの気にしているこの世の宝」(❶自分の考え、❶生命、❷仕事、❸お金、❹食物)にとらわれず、心を天に向けよと言っているのです。聖書は、われわれの心は、神殿と言っています。聖霊に満たされるためには、あなたの心を占めるこの世の宝をささげきって、主イエスを迎え入れるのです。多くのこの世のこだわりがあなたの心を占めていれば、神の聖霊は心の神殿に入ってこれません。主イエスに明け渡すのです。この世の宝に心を残している状態では、死後天国へ昇ることもできないのです。神が偶像礼拝を憎み、十戒の最初に厳しく戒めるのは、そのためです。自分の大切にするこの世の偶像が心にあれば、神の霊は心に入れません。地上に偶像があれば、人は天国に昇れずに地上でその偶像に呪縛されてしまいます。この世の宝=偶像が、死後に天に昇ることをさまたげてしまいます。不幸なことです。この世の中にそういった像を拝む宗教がたくさんあるのは、サタンの仕業です。

 少年が2匹の魚と5つのパンをさし出したように、❶自分の考え、❶生命、❷仕事、❸お金、❹食物を捧げてしまいましょう。「宝ある所に心在り」(ルカ12:34)

 宝あるところがこの世なら、心がこの世に向いている状態です。天国を見上げることができません。   

 天に宝を見出せば、天に心を向けることができます。天に国籍を移せるのです。

「高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う」(マタイ13:46)のです。高価な真珠=天国への門です。

 どうぞ天に宝を見出し、心を天国で満たしてください。
「幸いなるかな。心空しき者。天国はその人のものだから。」マタイ5:3

 ※少年のように、魚=「あなたの心を占めていること」を、主にささげるのです。そのとき、五千人を養うような大奇跡が起こるのです。

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