神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

トマスの福音書17 ~分裂を投じるために来た

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継続してトマスの福音書を訳し、解説しています。

17節

* Said-JS17 this: Perhaps they-are-thinking, viz-men, that I-have-come to-cast ( a )peace on to-the-world, > and they-know not that I-have-come to-cast some--divisions upon-the-earth - (a)fire, (a)sword,16.3> (a)war, > ( for) (there-are)five, ( ---), will-come-to-be-in-a-house; (there-are)three will-come-to-be against--two, and two against-three; the-father against-the-son, and the-son against-the-father; and they-will-stand to-their-feet, they-being single-ones.

 

17直訳  

エスは言われた。「多分、彼らは、すなわち人々は、わたしが世に❶平和を投じるために来たのだと考えている。しかし、彼らはわたしが地上に❷分裂、火、剣、戦争を投じるために来たことを知らない。五人がいて、ひとつの家に入るとすれば、三人はふたりに対立し、ふたりは三人に対立し、❸父は息子に、息子は父に対立するであろう。そして、彼らは彼らの足で立ち上がり、彼らはそれぞれ❹孤立するであろう」。

 

この箇所を読むと、マタイ福音書にも同じ内容の句があることを思い出します。

マタイ10:34わたしが地上に❶平和をもたらすために来たと思ってはならない.平和ではなく、剣をもたらすために来たのである。

35わたしが来たのは、❸人を父と、娘を母と、嫁をしゅうとめと、❷仲たがいさせるためだからである.

36そして自分の家族の者たちが、❹その人の敵となる。(回復訳)

 

この句を読んで、いつも思うことは、自分も中学3年生の頃にキリストに見出され、信仰を持ち、父と敵対したことであります。学生の時に、家にひとつだけあった偶像の祖母の位牌を庭で焼いてしまったことがありました。その時の❸父との亀裂が、今も父の中にあり、父はキリスト教を憎んで拒絶しているのです。

私は、自身の過激な行動が正しかったかどうかは、わかりませんでした。しかし、当時、父母よりも神を愛していたのは確かです。イエスの預言の通りに「自分の家族の者たちが、❹敵と」なっていました。

トマスの福音書にはないのですが、マタイ福音書には 以下のように続いています。

マタイ10:37❺わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない.わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしくない.

38自分の❻十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしくない。

39自分の魂の命を見いだす者はそれを失い、❼わたしのために自分の魂の命を失う者はそれを見いだす。(回復訳)

ルカ福音書12:51には、

あなたがたは、わたしが地上に❶平和をもたらすために来たと思うか? そうではない.あなたがたに言うが、むしろ❷分裂である。(回復訳)とあります。

エスは、信仰を持つことによって、家族の間に❷分裂が起きることを預言されたのです。そして、その分裂の理由として、「❺家族よりも主を愛する者でなければ、わたしにふさわしくない」と言われたのです。❻十字架を負うとは、「❼わたしのために自分の魂の命を失う者はそれを見いだす」ことなのですね。❻十字架とは、❹敵が増え孤立することを意味するのです。

では、イエスは家族に敵対せよと言っているのでしょうか?いいえ、ここでは愛の持ち方を言っているのです。「自分と同じようにあなたの隣人(家族)を愛する」のです。しかし、人生の大切な場面では、最後は主に信頼し、「心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたのであるを愛しなさい」(マルコ12:30)と言っているのです。この世では、どんなに愛する人でもかならず別離が来ます。一般人が、家族を喪失した痛みは想像を絶するものでしょう。しかし、キリストを愛し、御父の愛を受ける者に、死の別離は耐えられないものではなくなるのです。信仰者には、内村鑑三ののように葬儀で万歳をする者もいます。

葬儀で万歳する内村鑑三 FBより - 神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

わたしのために自分の魂の命を失う者とは、どういう者でしょうか。ここに、主の奥義があります。

17意訳

 イエスは言われた。「多分、人々は、わたしが世に❶平和を投じるために来たのだと考えている。しかし、彼らはわたしが地上に❷分裂、火、剣や戦争を投じるために来たことを知らない。五人がいて、ひとつの家に入るとすれば、三人はふたりに対立し、ふたりは三人に対立し、❸父は息子に、息子は父に対立するであろう。そして、彼らはそれぞれ自分の足で立ち上がり、彼らはそれぞれ❹孤立することになるであろう」。(それは、❺わたしよりも家族を愛する者は、わたしにふさわしくないからだ.自分の❻十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしくないからだ。)