神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、終末預言や聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

昨日見たシェキナー 〜神のご栄光は西へ向かう

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エゼキエル書1章 28節
周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声を聞いた。(新共同訳)

昨日は、礼拝後、仕事で横浜へ。夕方ファィヤーカンファレンスに遅れて行こうとしましたが、西にご栄光(シェキナーグローリ)を見て、東へ行かないでも良いと示されました。

後で動画で見させてもらいました。

www.youtube.com

https://youtu.be/IrPOqEqBYl4

動画(2:44:00ころ)を見る限り、雄叫びの祈りは、不完全燃焼です。トッド師が満足できないのが、よくわかります。絶叫の祈りは、こんなものではありません。多くの会衆・教役者は、祈り方がわかってないようです。殻が破れるまで祈るべきです。日本の教会に力が十分現れない理由が見えます。

マイクの声が聞こえなくなるほどの声が、異言による一同の雄叫びの祈りです。御霊が降りあまりのペンテコステ状態に、敬愛する師は、雄叫びも良いが、静かに祈りましょうと度々勧めるくらいでした。いつも雄叫びをせずとも、時々は祈祷会でペンテコステ状態を体験した方が良いと感じます。

日本の教会では、今まで見たことがないのですから、仕方ないかも知れませんが、雄叫びの祈りが理解されず、実践できないことが問題だとも思いました。ペンテコステ状態までは、まだまだまだと思いました。まず、救霊や聖霊を求める祈りは、われわれが、ブレークスルーすることが鍵だと思いますが、いかがでしょう。

日本人はまわりを気にし、尊厳や礼儀、モラルが邪魔をしています。一番大切なのは、主への渇きに殻を破ることなのですね。トッド師は、よく忍耐されています。

愛すべき方たちです。CfaNの活動は、大きな実を結ぶはずだと感じました。癒された方も多いようです。世界的な宣教の秘訣が見とれました。貴い救霊の働きを感謝します。 

ローマ10:14

「それでは、信じたことのないを、どのように呼び求めるのでしょうか? 聞いたことのないを、どのように信じるのでしょうか? を宣べ伝える者がいなくては、どのように聞くのでしょうか?」(回復訳)

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http://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2017/01/02/211635