神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(神の至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

トマスの福音書23② ~パウロの黙示録からの示唆

トマスの福音書23①では、少々複雑でわかりにくい点があります。外典の「パウロの黙示録」を読んで、違う訳をして良いように思いましたので、それを紹介します。

23節

> Said-Mariam to-JS23 this: Do-your(sg)-disciples resemble whom?

> Said-he this They-resemble (  )-small-children ( )dwelling in-a-field which-theirs not is.

> When they-should-come, viz-the-Lords of-the-field, they-will-speak this- "Give-our-field back to-us." > They, ( ) -strip naked in-their-presence ( ) that-they-give-her back to-them &-they-give-their-field to-them. > Therefore, I -speak of-it thus: If-he

-should-realize, viz-the-Lord-of-the-house, that he-is-coming, viz--the-robber, he-will-keep-watch before-he-come &()-not-permit-him to-tunnel in to-his-house of-his -kingdom that-he-take his- goods. > You(pl), hwvr, keep-watch from-the-beginning of-the-world; > bind-you(pl) onto-your(pl)-loins in-a-great power, so that not-the-thieves fall on(a)road to-come upto-you(pl), because the-help which-you(pl)-look outward for-her, they-will-fall upon-her. > Let-him-come-to-be in-your(pl)-midst, viz-a-man (of)understanding. > When-the-fruit split(open), he-came in -a-hurry, his-sickle in -his-hand; he-reaped-him. > He-who-has-ear of-him to-listen, let-him-listen.

 

23節直訳

JS23 マリアはイエスに言った。「あなたの弟子たちはだれに似ていますか」。

彼は彼女に言った。「彼らは、()自分たちのものでない❶畑(フィールド)に住んでいる()小さな子供たちに似ている。彼らが来なければならないとき、即ち、その畑(フィールド)の❷主人たちplが来ると、彼らはこう言うだろう。『わたしたちの畑(フィールド)をわたしたちに返しなさい』。

彼らは、畑(フィールド)を返すために彼らの❸面前で()裸になり、()畑(フィールド)を彼らに返す。それゆえに、わたしはあなたがたにこのように言う。もし彼が気づいていれば、即ち❹家の主人は、彼が来ようとしているのを、即ち❺強盗が。彼は、強盗が来る前に見張り続け、彼(強盗)が彼(主人sin)の❻王国の家に穴を開け、❼財産を運び去ることを()許さないであろう。あなたたちは、しかしながら、世の始まりから見張り続けなさい、強い力で❽腰をしめなさい、盗人があなたたちに近づくために道に伏さないように、なぜならば、あなたたちは家のために、彼らが家に襲いかかるのを外で見張る助け手なのだ。 彼にあなたたちの真中に来させなさい、即ち❾悟りのある者に。 ❿果実が割れたとき、彼は大急ぎで手に鎌を持ち、来ました; 彼は、❿果実を収穫しました。 耳のある者は、聞くがよい。」

 

パウロの黙示録は、新約聖書外典と言われています。その信憑性を疑う者もいますが、興味深い内容です。外典の発見の経緯が、パウロらしく、取り上げてみる価値があります。

その中には、パウロが、第三天に引き上げられたときの記録が詳しく載っています。天国の御使いや天の礼拝を観た後で、罪人の審判についても、見ています。その11節でこのように言っています。

and I saw angels without mercy, having no pity, whose countenance was full of madness, and their teeth sticking out beyond the mouth: their eyes shone like the morning star of the east, and from the hairs of their head sparks of fire went out, or from their mouth. And I asked the angel saying: Sir, who are those? And the angel answered and said unto me: These are those who are destined to the souls of the impious in the hour of need, who did not believe that they had the Lord for their helper, nor hoped in him.

「さらにまた私は、憐れみも同情もない天使たちを見た。彼らの顔が怒りに満ちており、その口から歯がむき出しになっていた。また、彼らの目は東の明星のように光っており、彼らの髪の毛と頭からは火花が出、口からも出ていた。私は案内の天使に、『これらは誰なのですか』と尋ねた。すると天使は答えて言った。『これらは、必要な時に、助け主として自分たちの主を信じず、彼に望みを託さなかった、不信仰な魂を扱う運命の天使だ』」。〜つまり、不信仰な人たちの魂を扱う担当天使がいると言うことです。この天使は罪人を扱う天使です。審判の時、この天使がこの世の罪人を迎えに来ます。そして出エジプト記の過越の夜のように、子羊の血潮のついていない心に入り、死をもたらし、その魂をゲヘナに導くようです。このことから、以下のようにキーワードを変更して意訳してみました。

 

キーワード。 

 ❶畑=この世、心

 ❷畑の主人たちpl=審判時の天使たち、エロヒム(創世記3:8)

「今は、この世が裁きを受ける時である.今、この世の支配者は追い出される。」(ヨハネ12:31)

❹家の主人sin=天の王国の弟子、聖書学者

❺強盗、盗人=不信仰者担当の天使、破壊者、略奪者

❻王国の家=各自の心、神の支配される家、神殿、宮、教会(ヨハネ2:16)

❼財産=魂、実、収穫

 「 もし盗びとがあなたの所に来、強盗が夜きても、彼らは、ほしいだけ盗むではないか。ああ、あなたは全く滅ぼされてしまう。もしぶどうを集める者があなたの所に来たなら、彼らはなお余りの実を残さないであろうか。」オバデヤ1:5

 ❽腰を締める=腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい.ルカ12:35

❾悟りのある者=悟りのある弟子、⓫人の子(キリスト)、聖霊

➓果実、実=救霊の実、成長した魂

 

キーワードを代えて❷家の主人たちpl=天の使いたち、❺強盗、盗人=不信仰者担当の天使、❻王国の家=各自の心、❼財産=魂、これらを入れて 意訳してみます。

23意訳

JS23 マリアはイエスに言った。「あなたの弟子たちは、だれに似ていますか」。

エスはマリアに言った。「弟子たちは、自分たちのものでない❶畑に住んでいる小さな子どもたちに似ている。その❷畑の主人たちの(審判時の天使たち)が来ると、彼らはこう言うだろう。『わたしたちの畑を返しなさい』。

子どもたちは、畑を返すために、畑の主人たちの❸面前ですべてを奪われ裸になり、畑を畑の主人たちに返すのです。それゆえに、わたしはあなたがたにこのように言う。もし❹家(心)の主人である聖書を学ぶ天の弟子たちが、❺強盗のように来る不信仰者担当の天使が来ようとしているのを気づいていれば、家(心)の主人である天の弟子たちは、強盗が来る前に見張り続け、強盗(不信仰者担当の天使)が天の弟子たちの❻王国の家(心)に穴を開け、❼財産(魂)をゲヘナへ運び去ることを許さないであろう。あなたたちは、しかしながら、世の始まり(早朝)から見張り続けなさい、強い力で❽腰帯を締めなさい。❺盗人(不信仰者担当の天使)があなたたちに近づくために道に伏さないように。なぜならば、あなたたちは、彼らが❻家(心)に襲いかかるのを外で見張る助け手なのだから。 ❾悟りのある弟子を、あなたたちの真中に来させなさい。 (畑の収穫の)❿実(魂)が熟すると、❾悟りのある弟子は大急ぎで手に鎌を持ち、やって来て❿実(魂)を収穫しました。耳のある者は、聞くがよい。」

 

もともとの畑の主人たち(所有主)pl=審判時の天使たち、強盗(盗人)sin=不信仰者担当の天使は、同じ者なのでしょう。審判の時にやって来るのでしょうか。つまり、悪に支配されたこの世を、審判時の天使が心に穴を開け、魂を奪い去ります。そのとき、救い主キリストが中心にある心は、家の主人(天の弟子たち=聖書学者)が外を見張り、鴨居に御子の血をぬり、過ぎ越しの夜のように死をもたらす天使から心を守ります。悟りのある者は、終末に魂が熟したら、ゲヘナに連れて行かれないように、大急ぎで多くの魂の収穫に出て行き救霊に奔走するのです。また、家とはエクレシアを指すかもしれません。見張り人は、強盗が近づく前に、出エジプトの過ぎ越しの日のように、鴨居に血潮を塗っておくことを忘れてはなりません。子羊の血=贖罪、子羊の肉と種入れぬパン=子羊のことばを忘れてはならないのです。