神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

レーマを読み解く23 〜ともし火と🏺油3

レーマを読み解く22から、マタイ伝25章の用意すべき🏺油は、聖霊であるとわかりました。しかし、もう少し深く調べてみたいことがあります。
 
あなたはイスラエルの人々に命じて、❶オリーブを砕いて取った❷🏺純粋の油を❸ともし火に用いるために持って来させ、❸🔥常夜灯にともさせなさい。(新共同訳)

 

出エジプト記に❶オリーブを砕いて❷🏺油を取って❸常夜灯を灯しなさいとあります。

この❶オリーブを砕いて取った❷🏺純粋の油(שֶׁ֣מֶן זַ֥יִת זָ֛ךְ)とは、ゲッセマネ(גת שמנים)に関係しているように思われます。

ゲッセマネ(גת שמנים)とは、「❶オリーブの油搾り、オリーブの酒舟」という意味で、主イエスが、十字架に架かる前に❹夜通し祈ったオリーブ山の園です。

ゲッセマネで主イエスは、弟子たちに「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に❺目を覚ましていなさい。」(マタイ26:38)と言っています。同じマタイ伝26章には、以下のように言っています。

16:40それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に❺目を覚ましていられなかったのか。

26:41誘惑に陥らぬよう、❺目を覚まして❹祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」(新共同訳)

 ここでは、❺目を覚ましていろと三度も語っています。

また、ルカ伝21: 36には、
「しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも❺目を覚まして❹祈りなさい。」とあります。

❺目を覚ますことは、❸🔥常夜灯と言う言葉を連想させます。❸🔥常夜灯とは、夜、目を覚まして❹祈ることなのでしょう。そして❷🏺油は、暗い夜になっても目を覚ましているための心の❸🔥火を継続して灯すものでしょう。それは、主イエスゲッセマネで血の汗をかいて祈った「祈り」を暗示しているようです。

また、マタイ伝25章の譬え話の中では、❷🏺油を❻売る者たちの所に行って、自分のために❼買いなさいとあります。

❼買いなさいという言葉は、黙示録3章の三つの大切なものを連想させます。

黙示録3:17〜19

17なぜならあなたは、自分は富んでいる、富める者となった、何の乏しいこともないと言っているが、実は自分が悩んでいて、みじめで、貧しく、盲目で、裸であることを知らないからである。

18わたしはあなたに勧める。あなたが富むために、❸🔥火で精練された❽金をわたしから❼買いなさい。またあなたがまとって裸の恥を現さないために、❾白い衣を❼買いなさい。また見えるようになるために、❿目に塗る目薬を❼買いなさい。

19わたしはすべて自分の愛する者を、しかったり、訓練したりする。だから熱心になりなさい。そして悔い改めなさい」。(回復訳)

 

黙示録では、🔥火で精練された❽🏺金、❾🔥白い🏺衣、❿🔥目に塗る🏺目薬を❼買えと言っていました。

それぞれ、❸🔥火と❷🏺油の関係があり、番号が混乱しますが、❸🔥火の精練vs❽🏺金、❾🔥白さvs🏺衣、❿🔥目vs🏺目薬が対(つい)になっています。

レーマを読み解く21では、❸🔥ともし火は、「心を入れ替え立ち帰れ、天の王国は近づいた!」と荒野で叫ぶ❽🔥バプテスマのヨハネの生き方。❾🔥良い行ないを表し、🔥光を放つ生き方。天を見る➓🔥単一の目。と学びました。

これらは、黙示録の箇所と共通しています。❸🔥火=殉教者❽🔥バプテスマのヨハネの火のような生き方、❾🔥白い=🔥良い行ないで🔥光を放つ罪のない聖い生き方、❿🔥目=天を見る単一の目です。

まず、手に入れるべきものは、❸火で精錬された❽金です。❽金とは、火のような試練を乗り越えることでできる信仰です(Ⅰペテロ1:7箴言17:3)。この信仰は、自分の命を賭しても主に従う、殉教も厭わない信仰です。ゲッセマネの祈りのように、オリーブを砕いて取った❷🏺純粋の油(שֶׁ֣מֶן זַ֥יִת זָ֛ךְ)である祈りの中で、❸🔥火を呼び、❽金を精錬します。いのちを代価に買うことのできる🔥火のような信仰で精錬された❽金を手に入れるのです。

次に❾白い衣を買います。

この❾白いとは、良い行いです。衣は、裸の恥を晒さないためのものです。自分が裸であることを認めて、衣の必要を悟ります。そして19節にあるように熱心になりさい、悔い改めなさい(心を入れ替え立ち帰れ)と言っています。心を入れ替え立ち帰れとは、御霊に従って歩むことで、良い行いで主の栄光を表す生き方だけでなく、❷油注がれた❾聖化された衣を買うことです。そこでやっと❷油注がれた祭司、王、預言者として❾聖別された礼服(白い衣)を纏うことができるはずです。

次に見えるようになるために、❿目に塗る目薬を買えとあります。

❿目薬は、目が「見えるようになるため」に必要です。何が見えるようになると言っているのでしょう。この世にある物質は、すでに見えています。しかし、主イエスは、マタイ伝6章23節で「しかし、あなたの目が悪ければ、あなたの全身は暗い。もし、あなたの中にある光が暗ければ、その暗さはどれほどであろう!」(回復訳)とあります。

マタイ伝6章

6:22目は体の❸🔥ともし火である。だから、あなたの目が単一であるなら、あなたの全身は光に満ちる.

6:23しかし、あなたの目が悪ければ、あなたの全身は暗い。もし、あなたの中にある光が暗ければ、その暗さはどれほどであろう!(回復訳)

    霊的な目が開かれて、天国を見ることについてサンダー・シングは話しています。

「天界では、肉眼によってではなく、霊眼によってものを見る。わたしは、この霊眼が、肉体を離れ去った後で、誰もが使うものであると言われた」。

    天界の中央はキリストである。キリストが中央にありながら、どこに行ってもそこにいると言う。*「神の中心はすべてにあり、神の円周はどこにもない」とのべた聖ボナヴェントゥラ(1221-1274)は、天界を垣間見たに違いない。「御座のキリストが常に中央にある。それは言語に絶するほど神聖な御姿である。恍惚(エクスタシー)の際にわたしが拝したその御姿は、わたしが回心の時に見た御姿と全く変わらなかった。主は、御血の流れる傷跡を今もお持ちである。傷は醜くなく、美しく栄化されている。御顔にはひげがあり、長いひげは黄金のよう、輝く光線のようである。御顔は、照り輝く太陽のようである。しかし、その光はわたしを幻惑させることはない。優しい御顔である。常に微笑み、愛らしく輝く笑みを湛えられている。恐ろしい御姿では決してない。〜以上

   ➓ 目とは、霊眼のことであり、天界を見ることのできる目です。サンダーは、この霊眼が、肉体を離れ去った後で、誰もが使うと言っています。霊眼が開かれはっきり見えるために目薬が必要なのです。

❸🔥ともし火は、❽精錬、❾聖化、➓目薬です。そして❷🏺油は、❽金、❾衣、➓目です。バプテスマのヨハネのような❽火のような生き方、❾良い行い➓天に向ける目があっても、それを継続していくために❽金=信仰、❾衣=聖化、➓目薬=良い目(霊眼)が必要なのではないでしょうか。ご再臨の前に買い揃えておきたい必需品なのでしょう。わたしの信仰は、火の精錬に耐えられるでしょうか?主イエスのピスティス(信実)はすでに勝利しています。わたしは汚れた衣を脱いだ裸の状態でしょうか?主イエスの血潮で聖くなった新しい衣があります。わたしの目は見えてないのですが?霊眼は、肉体を離れ去った後で、誰もが使うのです。

    ❶オリーブを砕いて取った❷🏺純粋な油=ゲッセマネの祈りに倣う真剣で純粋な祈りで、聖霊を受け、❸🔥火で精練された❽🏺金=信仰、❾🔥白い🏺衣=聖化、❿🔥目に塗る🏺目薬=良い目(霊眼)を主から手に入れることができるのでしょう。そして、真剣で純粋な祈りにより、マタイ伝25章の賢い処女たちのように❸🔥常夜灯を灯し続けることが可能となるのでしょう。

    ご再臨を前に、❸🔥ともし火と❷🏺油を常に用意し、常夜灯をともし続けたいのです。

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