神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

❤️今日のご臨在  〜地の果てまで 奇跡47

f:id:AdonaiQuoVadis:20191118001502j:image

f:id:AdonaiQuoVadis:20191118001532j:image

2019.11.17撮影

「主の御目にわたしは重んじられている。 わたしの神こそ、わたしの力。 今や、主は言われる。 ヤコブを御もとに立ち帰らせ イスラエルを集めるために 母の胎にあったわたしを 御自分の僕として形づくられた主は こう言われる。 わたしはあなたを僕として ヤコブの諸部族を立ち上がらせ イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。 だがそれにもまして わたしはあなたを国々の光とし わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。」
‭‭イザヤ書‬ ‭49:5-6‬ ‭新共同訳‬‬

今日も主イエスのご臨在が、たくさんの奇跡を見せてくださいました。感謝です。

イエスが共にいて下さるから、周囲の人が驚くのでしょう、そして、昨夜一緒に話した同級生が私を追いかけて今日も小田原まで来たのです。詳しくは書きませんが、地方紙ですが新聞記事が楽しみです。来週彼と一緒にテレビ放映されるかもしれません。

不思議な方、父なる神の栄光を現される方は、地の果てまで来てくださり、今も確かに奇跡を行っています。

神と共に歩む、את האלהים 神と近接して歩む方が、ありありと奇跡を行い、周囲の人を驚かせ、国々の光とし YHWHの救いを地の果てまで、もたらしてくれているのです。感謝と喜びが湧き上がります。救い主イエスと共に歩むとき、驚きがあり、感動があり、不思議にとてつもない自由があるのです!どう言ったらいいんだろう。戒めを守るとか、み言葉に従うとか、それらは外れてないかの基準(ルーラー)ですが、そういう堅苦しい感じではないのです。自由なんですよ。主イエスが一緒にいてくれるから。

「だから、もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる。」
‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭8:36‬ ‭(新共同訳‬‬)

「本当の自由」なんですよ。この自由は、世の自由とは違う、肉に支配されない自由とでも言いましょうか、「本当の自由」そのまんまです。主イエスの言葉は直球なんですね。

どうぞこの方を見出して、❶神の国とともに、奇跡が追いかけてくる人生を経験してほしいのです。

「何よりもまず、❶神の国と❷神の義を求めなさい。そうすれば、❸これらのものはみな加えて与えられる。」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭6:33‬ ‭(新共同訳‬‬)

神の国とは、主と共に歩むときに到達できる天国であり、地上天でもあります。❷神の義とは、義を貫いたイエス・キリスト この方自身なのです。

「そして❷キリストの中に見いだされるためです.それは、律法からのわたし自身の義を持つのではなく、❷キリストにある信仰を通しての義、すなわち信仰に基づく❷神からの義を持って、キリストと彼の復活の力と彼の苦難の交わりとを知り、彼の死に同形化されて、何とかして、死人の中からの格別な復活に到達するためです。ピリピ 3:9-11(回復訳)

そして、❸これらのもの(3次元の世にあるもの)はみな加えて与えられるのです。それが世人には、奇跡に見えるのでしょうが、私の主イエスには、当然の出来事なのです。その目的は、天の父が栄光をお受けになるためなのです。

http://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2019/11/02/014504