神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

❤️天翔ける祈り② 〜サンダー・シングの経験SS30

https://youtu.be/BzvO4-WDEvo

ダンテの神曲トマス・アクィナス神学大全も、神へと至る人間の精神の旅路を語り、(私の理解では)至福直感から神を見ることを最高の目標にしていたと稲垣良典教授は語っています。

サンダー・シングは、まさに脱魂状態(エクスタシー)から天界に入り、キリストや天使や聖人に会い、至福直感を得ていました。

サンダー・シングの話より〜

「 14年前、コトガルで❶祈りを捧げている時、天上の幻に私の目が開かれた。❷何もかもあまりにも鮮やかに見えたので、自分が死んだに違いない、そして自分の魂が天上の栄光に入っていったのだと思った。しかし、それからずっと、こうした幻は一貫して私の人生を豊かにしてきた。幻は私の意思で呼べるものではなく、祈りや瞑想の最中に、多い時は月に8回から10回も、天の光景を見るために霊の目が開かれ、天上の空間の光の中をイエス・キリストとともに1時間か2時間歩き、天使や霊と話をするのである。私の質問に対する彼らの答えは、これまで出版した私の著作の多くの材料となった。その霊的交わりによる表現できない❸エクスタシー(喜悦,脱魂)は、救われた者の喜びと交わりに永遠に入るその時(肉体の死)を私に恋い焦がれさせる。

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私は❸エクスタシー(喜悦,脱魂)を試みた事は一度もなく、他に勧めもしない。これは❹賜物としていただくものであり、こちらから求めるべきものではない。しかし、一度与えられれば、高価な真珠の如きものとなる。私はサドゥーとして過ごした14年間に、飢え、渇き、迫害に苦しみ、❸エクスタシー(喜悦,脱魂)の賜物がなければ、誘惑に負けてこの生き方を諦めていたかもしれない。だが、たとえ全世界を得るとも、これだけは失いたくない。

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真珠は、海の中にある。しかし、それを採るには、深い海底に潜らねばならない。❸脱魂とは霊的事象の奥底に潜ることであり、潜水に似ている。潜水作業員が息を止めなければならないように、❸脱魂においても、感覚を停止していなければならない。

私がひとりでいる時、常に新しい何かが開示されるが、それは言葉なき言葉で伝えられてくる。言葉に尽くせぬ崇高な雰囲気に包まれるのを感じ、その時、何かが私の心中に語りかけ、次には脱魂状態に入っている。❹言葉は一切語られず、すべては絵になって見える。いとも容易に、しかも歓喜のうちに、一瞬にして全ての問題が解かれ、頭は全く負担を感じない。

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ある時、❸喜悦,脱魂に入っているときには、妨げないようにと断っていた友人が部屋に入ってきた。私が❹目を大きく見開いたまま微笑んでいるのを彼は見た。彼は私が脱魂しているとは知らずに声をかけたが、反応しないので、いたく当惑し、後でそれを話してくれた。また、ある時、木の下で脱魂した。意識が戻った時、全身が❹スズメバチに刺されて大きく腫れ上がっているのを知ったが、私は全くそれに気づかなかった。

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キリスト者になった初期の頃には比較的稀だったが、❺断食後にその数は飛躍的に増して、ほとんど毎日体験するようになった。もっとも、いつ脱魂するかを予測することはできない。脱魂は、普通、❻20分ほどの祈りに続いて起こる。その状態が数時間続き、この間、❹外界の感覚は全て失われ、時間感覚も失われる。そこには過去も未来もない。すべては今である。ある時、朝の8時に集会で話をしてくれるように頼まれた。その日の朝5時に祈りを開始したが、いつの間にか脱魂していた。そこから抜け出した時、時間はすでに9時を回り、会合をすっかり忘れていたのを思い出した。集まった大勢の会衆は、いつも時間をきちんと守るのに、この日に限って現れないのは不思議に思ったが、やがて失望して解散した。大変申し訳なく思ったが、理由を説明できなかった。他の人にはこの経験を話さないようにしているからである。理解してもらえないばかりか、精神状態を疑われるだけだからである。以来、町中にいるときには、脱魂状態にならないよう、極力注意するようになった。もっとも、自由な時間が取れ、決まった約束事もないヒマラヤでは、このような拘束はない。」〜以上サンダー   シング

 

❸エクスタシー(喜悦,脱魂)とは、❹賜物としていただくものであり、サンダー  は、❶祈りの中で体験しました。天界の事象は、❷何もかもあまりにも鮮やかに見え、幻は一貫して彼の人生を豊かにしたと言っています。

祈りや瞑想の最中に、多い時は月に8回から10回も、天の光景を見るために霊の目が開かれ、天上の空間の光の中をイエス・キリストとともに1時間か2時間歩き、天使や霊と話ができたと言っています。

彼は、飢え、渇き、迫害に苦しみ、❸エクスタシー(喜悦,脱魂)の賜物がなければ、誘惑に負けてこの生き方を諦めていたかもしれないと言っています。

❸エクスタシー(喜悦,脱魂)に入っているときには、❹目を大きく見開いたまま微笑んでいたり、❹スズメバチに刺されても、全くそれに気づかなかったり、❹外界の感覚は全て失われ、時間感覚も失われ、そこには過去も未来もなく、すべては今であったと語っています。

40日間の❺断食後に❸エクスタシーの数は飛躍的に増して、ほとんど毎日体験するようになり、それは、普通、❻20分ほどの祈りに続いて起こり、その状態が数時間続いたと言っています。

天界では、❹言葉は一切語られず、すべては絵になって見え、いとも容易に、しかも歓喜のうちに、一瞬にして全ての問題が解かれ、頭は全く負担を感じないそうです。

❶祈りがこの❸エクスタシー(喜悦,脱魂)を開く鍵であり、サンダー  が行った❺断食祈祷も❸エクスタシー(喜悦,脱魂)を毎日体験するキッカケになりました。天界に出入りする天翔ける祈りを主イエスは、語っています。

「わたしは門である.だれでもわたしを通って入る者は救われ、また入ったり出たりして、牧場を見いだす。」ヨハネ伝10:9(回復訳)

また、ペテロやパウロも体験しています。

「翌日、この人たちが旅をして、その町に近づいていた時、ペテロは昼の十二時ごろ、❶祈るために屋上に上がった。
ペテロは非常に空腹になって、食事をしたいと思った。そして人々が用意している間に、彼は❸夢心地になった.」使徒行伝10:9-10(回復訳)

「それから、わたし(パウロ)がエルサレムに戻り、宮の中で❶祈っていた時、❸夢心地になり、わたしにこう言われる主を見ました、『急ぎなさい.速くエルサレムから出なさい.なぜなら、わたしについてのあなたの証しを、人々が受け入れようとしないからである』。」使徒行伝22:17.18(回復訳)

わたしもサンダーや敬愛する師と同じように、❶祈りの中で、❸エクスタシー(喜悦,脱魂)に入り、至福直感から神と近しく出会うことを目標に、天翔ける祈りがしたいのです。

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