神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

ナチスT4作戦〜ガーレン司教の説諭

NHK ハートネットTV「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本(2) 内なる差別」を観ました。

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.nhk.jp/p/heart-net/ts/J89PNQQ4QW/episode/te/R71K67V37K/%3Fusqp%3Dmq331AQRKAGYAePh7sr_zPK1-gGwASA%253D

 

ナチス・ドイツが、ヒットラーの優生思想から、精神障害者身体障害者に対して行った強制的な安楽死作戦 T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)。

1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政策自体は秘密裏に継続されました。「T4」は安楽死管理局の所在地、ベルリンの「ティーガルテン通り4番地」を短縮したもので、第二次世界大戦後に付けられた組織の名称。この作戦の期間中の犠牲者は、公式な資料に残されているだけでも7万273人に達し、その後も密かに継続された「野生化した安楽死」や14f13作戦によるものも含めると15万人から20万人以上が犠牲になったと言われています。

専門の安楽死施設は、ハルトハイム、ブランデンブルクベレンブルク、ピルナ=ゾンネンシュタイン、ハダマーの6施設がありました。このうちハルトハイムの施設は1944年末まで稼動し、最大の犠牲者を出しました。ハダマーの施設は街中にあり、住民はそこで何が行われているかをうすうす知っていました。

T4作戦は、1941年8月に中止されましたが、その理由は、ミュンスターの司教フォン ガーレンの3回にわたる説教だったのです。

「貧しい人、病人、非生産的な人 いて当たり前だ。私たちは、他者から生産的であると認められたときだけ、生きる権利があるのか?非生産的市民を殺してもいいという原則ができ、実行されるならば、我々が老いて弱ったとき、我々も殺されるだろう。」

ガーレン司教はこれらの説教で、抗議にもかかわらず患者が病院から連行されていったことを述べた上で、「もし精神疾患患者を初めとして、『非生産的人間』を殺害する権利があると認めるなら、それはすべての『非生産的人間』を自由に殺害できることになる。そうなると、誰もが安全ではなくなる。なにかの委員会が『非生産的人間』と判定し、そうすれば『生きるに値しない命』となってしまい、なにも私たちを殺害から守ってくれないからだ」と殺害してよい命を人が定めることは十戒にある「殺してはならない」に反する点、また十戒にある「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」という言葉を引き、国家・人種・民族・自然等の偶像化が行われていることを批判しています。また、ガーレン司教は刑法190条による告発も行いました。

一部のナチ党幹部はガーレン司教を死刑にするよう求めましたが、ミュンスター市民への影響を考慮したゲッベルスは慎重論を主張し、総統アドルフ・ヒトラーもそれに応じました。ただしミュンスター教区の下級聖職者の中には逮捕されたものも多く出ており、演説は連合国軍が宣伝ビラでガーレン司教の説教文をばらまいたことで一般にも広く知られるようになり、世論も動揺しました。ローマ教会の最高司教会総会は安楽死政策が認められないという決定を行い、教皇ピウス12世がその決定を広く公布するよう命じました。

T4作戦への批判が高まったことから、1941年8月24日にヒトラーはT4作戦の責任者フィリップ・ボウラーに対して安楽死の中止を口頭で命令し、安楽死政策そのものは公式に中止されました。ハダマーの安楽死施設のガスによる殺害が中止されたのみに過ぎなかったのです。

しかし、ナチスによる独裁政権下で、生命の危険を顧みず、優生思想に反対した司教や市民の声に、ヒトラーもT4作戦を公式にやめざるを得なかったことが、大切な点です。

現代の日本では、植松聖死刑囚と同じ優生思想にSNSで賛同する若者たちがいることがわかります。勉強しない、浅慮な若者が増えたなぁと思っていましたが、若者だけでなく現代の日本人が、他の先進国の持つ良識すら身につけていないのかもしれません。大戦を始め、ユダヤ人大量虐殺を起こしたナチス・ドイツ時代のドイツ国民にも劣る人権意識の劣化がこの国に見えます。この日本の経済的にも貧しく自分たちの生産性の低さすら理解できていない若者が、ナチスと同じ思想を叫び、障碍者安楽死を肯定するのですから、もはや『百鬼夜講化物語』を見るようです。

知的障害者福祉施設に侵入し、入所者19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせた植松聖死刑囚。

障碍者は、不幸しか作らない。人に迷惑をかけ、役に立たない人間は、生きる意味がない」と語る植松聖死刑囚。

接見した奥田知志牧師は彼に問いました。「君は、役に立つ人間なのか?」。植松:「あまり役に立たない人間です」・・・。

私は、ヨハネ伝の話を思い出しました。

イエスは、姦淫の場でつかまえた女を石打ち刑で殺そうとする律法学者たちに、「あなたはどうなのか?」と問われ、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と語り、 彼らは石打ち刑を行えず、帰って行ったという箇所‭‭がヨハネ福音書‬ ‭8:4-9‬ ‭にあります。

 

「あなたがたの中で生産性のある者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と言っているようにも聞こえます。障碍者を殺害したナチスは、自国をはじめ、ヨーロッパ中に廃墟と死をもたらしました。生産性?最も生産性のない連中が、ヒットラーをはじめとするナチスであったのです。人を人とも思わない者たちが、ヨーロッパを廃墟にし、生産性の目的である「人類の幸福」すら奪っていったのです。人を人とも思わない人間こそ、生産性の目的がわかっていない最も生産性の低い破壊者なのでしょう。

ナチスの横暴に声をあげたガーレン司教。破壊者に対して声をあげる次のガーレン司教は、誰なのでしょう。彼の思いを繋ぐ者は、まだこの日本にたくさんいると信じます。

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