神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

聖霊を受けよ! 求める者に与えられる

聖霊バプテスマを受けるために、どうしたら良いでしょうか〜という質問を受けました。

使徒行伝から、ペテロの話を調べましょう。

 

「すると、ペトロは彼らに言った。「❶悔い改めなさい。めいめい、❷イエス・キリストの名によって洗礼を受け、❸罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」使徒言行録‬ ‭2:38‬ ‭新共同訳‬‬

❶悔い改め❷御名による洗礼(水のバプテスマ)❸罪の赦し の順番でペテロは説明しています。

私の導きの師が、自身の罪深さに気づき、泣きながら神の前に出て、聖霊を受けたのは、45年前だったでしょうか。罪深さを自覚することは、主のご臨在に触れることでもあります。

もともと、自分の汚なさや罪深さを自覚することもできないのが人間なのです。

しかし、聖いご臨在に触れることで自身の汚なさや罪深さがやっと理解できるのです。聖なる方に触れられるのです。

日本人がよくやる謙遜を装った卑屈な悔い改めでは、ダメです。私は弱い何もできない人間ですと口では言うが、相変わらず自分優先で何かあれば怒り、プンプンする。そんな偽物の悔い改めではありません。

聖霊を求めていく時、主が近くに来られる。その時、聖い臨在に自分の罪深さがわかり、自分はもうダメだと涙の中にうつ伏せ、はじめて❶悔い改めができるのです。聖霊を強く求めて、聖なるキリストに心と身体をあけわたそうと思うことが、聖霊を受ける=聖霊に支配されることが可能になる秘訣です。自我がキリストに降伏し、イエスが主であることを知るのです。

私の場合、約半年間、聖霊を熱心に求めました。アンドリュー・マーレーなどの本を読み、聖書を探り、断食をし、機会があれば素晴らしい実を結ぶ先輩の教会(ペンテコステ系)の青年キャンプや修養会にも通い、主の臨在に触れました。正月の修養会でのことです。深夜の祈り会で祈っていると、どなたかわかりませんでしたが、人影が見え、ひとりの方が突然前に来て、按手をされたのです。今から思うと体育館での祈り会が流れ解散して、夜10時になるようなころ、按手する人などいないはずですのに、人影だけはあったのですが、ハッキリ見えない。確かに頭に按手され、腹にも手を触れられたのです。その時、天井に赤く燃える十字架が現れ、その火が自分に流れてくるのが見えました。火が腹に飛び込んで、身体がはじき倒されました。喜びと共に口からは異言があふれ、止まらなくなりました。その聖霊体験のすさまじさは、驚くばかりでした。自分で自分がコントロールできないような喜びと力を受けました。普通にしゃべることもできませんでした。その夜は、ベッドに入っても一晩中ハレルヤと異言が止まらず、身体が飛ぶというか、眠れませんでした。また、とてつもない天の喜びを感じました。修養会から帰っても、異言が出て、力があふれ、疲れない、聖霊に導かれる毎日が続きました。

修養会から帰ると、人格一変してしまった私を見て、友人や後輩が次々大学の聖書研究会や教会へ導かれました。そして受洗する者も次々と起こされました。その後、共産圏へ聖書を運び捕まったり、バックパッカーとして沢山の国を巡り、イスラエルへ導かれたり、、、とても不思議な主の導きがありました。

まずは、ご臨在の豊かな場に行くことが大切です。そのようなエクレシアがあれば、探し出して集会に参加すべきだと思います。

 

パウロが彼らの上に❹手を置くと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言をしたりした。」使徒言行録‬ ‭19:6‬ ‭新共同訳‬‬

 

❹手を置く=按手により、聖霊を受けることができます。

聖霊は火です。火は、一本のマッチから次々に燃えていくように引火します。聖霊に燃える方に按手されるときに、聖霊の火が移ります。

そのような聖霊に燃えている複数の方に同時に按手されると聖霊を受けることがより可能になります。

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聖霊は火であり、風のような存在です。風が吹いてくるかどうかは、私たちにはわかりません。しかし、主が来られるかどうかは、わかります。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」」‭‭マタイによる福音書‬ ‭18:20‬ ‭新共同訳‬‬
https://www.bible.com/1819/mat.18.20.新共同訳

主の御名で集まる臨在豊かなエクレシアへ行ってください。

 

聖霊体験は、人により異なります。私の場合は強烈な体験でしたが、それ以外は正解ではないとは決して言いません。火が通るだけの感覚や、楽しく世界が明るく見える体験、実際に目の前にキリストが現れたサンダー・シングや敬愛する師のような体験もあります。しかし、異言が伴うのが聖霊体験の特徴です。

 

「このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」」‭‭ルカによる福音書‬ ‭11:13‬ ‭新共同訳‬‬
https://www.bible.com/1819/luk.11.13.新共同訳

熱心に求める者に与えられるのです。

以下動画も参考に

https://youtu.be/4AOtFnKfiyo

 

http://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2016/09/12/075454