神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

昼のご臨在 〜勝利のV

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2022.6.24撮影

梅雨明けか、から梅雨か、、夏がやってきたように見えます。

精度も高く確実に実現してきた聖書預言。黙示録(啓示録)は、終末の審判に向けて現代を預言しています。

黙示録16章の鉢のさばきも同時展開していくのでしょうか。

「そこで、第一の天使が出て行って、その鉢の中身を地上に注ぐと、獣の刻印を押されている人間たち、また、獣の像を礼拝する者たちに悪性のはれ物ができた。 第二の天使が、その鉢の中身を海に注ぐと、海は死人の血のようになって、その中の生き物はすべて死んでしまった。 第三の天使が、その鉢の中身を川と水の源に注ぐと、水は血になった。 そのとき、わたしは水をつかさどる天使がこう言うのを聞いた。 「今おられ、かつておられた聖なる方、 あなたは正しい方です。 このような裁きをしてくださったからです。 この者どもは、聖なる者たちと 預言者たちとの血を流しましたが、 あなたは彼らに血をお飲ませになりました。 それは当然なことです。」 わたしはまた、祭壇がこう言うのを聞いた。 「然り、全能者である神、主よ、 あなたの裁きは真実で正しい。」 第四の天使が、その鉢の中身を太陽に注ぐと、❶太陽は人間を火で焼くことを許された。 人間は、激しい熱で焼かれ、この災いを支配する権威を持つ神の名を冒瀆した。そして、悔い改めて神の栄光をたたえることをしなかった。 第五の天使が、その鉢の中身を獣の王座に注ぐと、獣が支配する国は闇に覆われた。人々は苦しみもだえて自分の舌をかみ、 苦痛と❷はれ物のゆえに天の神を冒瀆し、その行いを悔い改めようとはしなかった。 第六の天使が、その鉢の中身を大きな川、ユーフラテスに注ぐと、❶川の水がかれて、日の出る方角から来る王たちの道ができた。 わたしはまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。 これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出て行った。それは、全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。 ――見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。―― 汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こえ、「事は成就した」と言った。 そして、稲妻、さまざまな音、雷が起こり、また、❸大きな地震が起きた。それは、人間が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの大地震であった。 あの大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。神は大バビロンを思い出して、御自分の激しい怒りのぶどう酒の杯をこれにお与えになった。 すべての島は逃げ去り、山々も消えうせた。 一タラントンの重さほどの大粒の雹が、天から人々の上に降った。人々は雹の害を受けたので、神を冒瀆した。その被害があまりにも甚だしかったからである。」
‭‭ヨハネの黙示録‬ ‭16:2-21‬ ‭新共同訳‬‬
https://bible.com/bible/1819/rev.16.2-21.新共同訳

 

戦争のあとに❶旱魃、コロナのあとに❷腫れ物、そして❸巨大地震が続くのでしょうか。

しかし、我々はキリストの福音と贖いの祝福を携えて収穫の祝福にあずかるのです。

 

https://youtu.be/NjFLVHStQgo

 

 

 

写真家 横山 匡 氏の体験

「目で見る聖書の時代」という本をご存知でしょうか。その本の写真を見て、当時、まだ中東へは簡単に行けなかった時代、よく撮りに行ったなぁと思って感心していました。その写真家が横山 匡先生。

昨夏、先生のお宅をお邪魔しましたら、ADDressという宿泊施設を運営されていました。

気さくな先生の貴重なお話をお聞きできました。私が、イスラエルギリシャを巡りたくなったのは、先生の写真の魅力のゆえでした。

 

写真家の横山 匡 氏の紹介を見つけました。

 

 

https://address.love/column/?p=270

 

「もともとクリスチャンではありましたが、36歳の時、聖地巡礼団の撮影係としてイスラエル旅行に初めて同行しました。
そのときに聖書の舞台になった風景に感動して、涙が止まらなくなる体験をしたんです」

ーーー涙が止まらない・・?どんな風景に感動されたんですか?
聖書の物語を神話の世界だと思っていたのが、現実だったことを感じたことが一番の原因ですが、キリストが「野の花を見よ」と言って指さされた「野の花」です。日本だと普段お花屋さんや花壇でしか見ないような花々が、道端に咲いているんですよ。
チューリップやシクラメンアネモネラナンキュラスなどですね。人に植えられたり、飾られたりしなくても、そこに在るだけで美しく尊い
それを見たときに、その花の姿に神様の加護を感じて、感動しました。〜〜〜

 

〜先生は、聖地で不思議な体験をされたのですね。

 

キリストが「野の花を見よ」と言って指さされた。先生は、その花の姿に神様の加護を感じて、感動されました。

あなたは、野の花を間近で見つめたことはありますか?

 

 

 

祈りの中で127 〜その日だけで十分

 

マタイ伝6章

33まず神の王国と神の義を求めなさい.そうすれば、これらの物はすべて、あなたがたに加えて与えられる。
34こういうわけで、明日のことを思い煩ってはならない.明日は明日自身が思い煩うからである。①その日の苦労は、その日だけで十分である。

マタイ伝6:33-34(回復訳)

 

祈りの中で、示されたこと。

ご臨在の中で、「明日のことを思い煩ってはならない」。この言葉を示された。

なぜ、人は悩み苦悩しているのか。それは未来のことを悩むからである。明日のことを思い煩って、明日のために蔵を建てた金持ちの例え話があったが、その金持ちは、その夜命を奪われた。

明日のことを思い煩い、金儲けをしよう、自分の家を大きくしよう、何を買いだめておこう、明日が心配だ、そんなことを考えている時は幸せにはなれない。

本当の幸せは、その日その日の営みにある。

 

 

 

かつて、Daniel Evarret ダニエル エヴァレットが アマゾンのピダハン族に見いだした過去も未来もない文化。ジャガーに襲われるような過酷なジャングルで、彼らには、自殺や鬱病もない。いつもニコニコしており、その幸福度はとても高いのです。それは、この聖句を地でいくような①今を大切にして、過去や未来の概念がない生き方に秘密があるようです。

そして、大切なのが彼らのよく遣うことば「イビピーオ」。エヴァレットは、「視界に入る、入らない」ときに遣うようだと言う。

私は、「イビピーオ」は、「②存在」の認識を示すと思います。小さな子が、「あっ!」と発見したことを指差すように。

ピダハンは、自分が見たことのないものを信じない。しかし、彼らは、森の精霊を信じる。なぜそんな見えないものを信じるか?

答えは、彼らが森の精霊を感じるからです。

エヴァレットは、宣教師としてピダハン族のところへ行き、彼らと共に生活した。しかし、自分より幸せなピダハン族の姿に自分の信仰は揺らいでしまった。

現代人の彼には、思い煩いがたくさんあり、神の体験もとぼしかった。

今のキリスト教に必要なのは、このマタイ伝6章の聖句「①明日のことを思い煩ってはならない」と、実際に神の②臨在をありありと感じる体験である。決して森の精霊(地縛霊)なんかじゃない。もっと大きな、我々を創造された主を感じて生き、人々にも体験させること。

創造主の②存在=現れを体験するなら、ピダハン族は皆、神を信じ受け入れただろう。

エヴァレットは、「①明日のことを思い煩ってはならない」と言う聖句を実践できていなかったし、イエス キリストのご臨在を運ぶことも出来なかった。
かえって、ピダハンからマタイ6章を教わったのだろう。これが西洋キリスト教の現実である。

今までの西洋の中途半端なキリスト教を信じているのでは、ピダハン族に笑われるだろう。

私たちは、①明日のことを思い煩わない者となり、②主の臨在を運ぶ者でなければ本物ではないのだろう。

十字架上に我らの罪、負債を処理された神のひとり子イエス キリスト。過去も未来も時を超えて贖われたその御業に与り生きる。

昨日の罪や負債も明日の心配も忘れて、空の鳥のように今を生きる幸せを感じるのです。そして、最高の幸せは、インマヌエル(主は共にいる)なる方といつも共に頸木を繋いで生きることなのでしょう。

 

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2022.6.13撮影

https://youtu.be/omX1QUDQpFI

「それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。 金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、 やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、 こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』 しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。 自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭12:16-22‬ ‭新共同訳‬‬
https://bible.com/bible/1819/luk.12.17-22.新共同訳

 

 

 

今夕のご臨在 〜言はいのち

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2022.6.10撮影

 

言=命=人の光

1初めに言があった.言は神と共にあった.言は神であった。
2彼は初めに神と共にあった。
3すべてのものは、彼によって成った.成ったもので、彼なしに成ったものはなかった。
4彼の中に命があった.この命は人の光であった。

ヨハネ伝1:1-4(回復訳)

 

 

 

西へ向かうご臨在 〜サファイアのように

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2022.6.9撮影

 

「わたしが見ていると、ケルビムの頭上の大空の上に、サファイアの石のようで、形は王座のように見えるものがあるではないか。それはケルビムの上に見えた。 主は亜麻布をまとった者に向かって言われた。「ケルビムの下の回転するものの間に入れ。そして、ケルビムの間にある燃える炭火を両手に満たし、それを都の上にまき散らせ」と。彼は、わたしの目の前で入って行った。 その人が入って行ったとき、ケルビムは神殿の南側に止まっており、雲が中庭を満たしていた。 主の栄光はケルビムの上から立ち上がり、神殿の敷居に向かった。神殿は雲で満たされ、庭は主の栄光の輝きで満たされた。」
‭‭エゼキエル書‬ ‭10:1-4‬ ‭新共同訳‬‬
https://bible.com/bible/1819/ezk.10.1-4.新共同訳