神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

最大のリスクとは

政治的に応援するうんぬんと言う訳ではありません。ただ、前半部分の戦争の真相は、大いに参考になりました。

https://m.youtube.com/watch?v=y7VrtDmtzbI&feature=youtu.be

新しい聖名 〜御名の中へと信じる2

父なる神様は、旧約時代に戒めをもってイスラエルの民を導こうとしました。戒めは、民が罪を認識し、罪を犯さなくなるための第一段階でした。しかし、十戒や細かな規定に、民はついてくることができませんでした。旧約時代には、律法を守ることのできない民たちの姿がありました。新約時代では、自らの罪深さを認めた民に、イエス・キリストは恵みと憐れみを持って接しました。それは、父の心にある愛の形の顕現であり、旧約時代の戒めによって、つまり古い契約の中で罪に定められた民を解放するための愛の現れでありました。

紀元元年、父は新しい人格である自らのひとり子イエス・キリストを送り、イエス・キリストを通して、人類への愛を示されたのです。そして、信じる者たちが罪に定められることのないように、ひとり子を十字架につけ、古い契約で罪定められた民たちを贖いだされたのです。

救い主イエスの姿は、父なる神の愛そのものでした 。旧約時代のYHWHを呼び求めるユダヤ人たちは、新約時代のイエス:ヘブライ語でイエシュアすなわち(YHWHの救い)という新しい聖名を呼び求めるべきなのです。ヘブライ語イエス・キリストは、イエシュア  ハ マッシアなのです。

 

聖名に関する聖句

❶マタイによる福音書/ 21章 09節
そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」

ルカによる福音書/ 10章 17節
七十二人は喜んで帰って来て、こう言った。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。」
聖名に関する聖句

ヨハネによる福音書/ 02章 23節
エスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。
ヨハネによる福音書/ 17章 26節
わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」
❺使徒言行録/ 02章 21節
主の名を呼び求める者は皆、救われる。』
❻使徒言行録/ 09章 14節
ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」
❼使徒言行録/ 09章 15節
すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。
16節「彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです」
❽使徒言行録/ 15章 17‐18節
それは、人々のうちの残った者や、/わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、/主を求めるようになるためだ。」昔から知らされていたことを行う主は、/こう言われる。』
❾使徒言行録/ 15章 26節
このバルナバパウロは、わたしたちの主イエス・キリストの名のために身を献げている人たちです。
➓使徒言行録/ 21章 13節
そのとき、パウロは答えた。「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」
⓫1コリント信徒への手紙/ 6章11節

あなたがたのうちのある者は、このようでした.しかし、あなたがたは主イエス・キリストの御名の中で、またわたしたちの神の霊の中で、洗われ、聖別され、義とされています。
⓬フィリピの信徒への手紙/ 02章 10節
こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、
⓭フィリピの信徒への手紙/ 02章 09節
このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。
⓮テサロニケの信徒への手紙二/ 01章 12節
それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。
ヨハネの手紙一/ 03章 23節
彼の戒めとは、わたしたちが御子イエス・キリストの御名を信じ、そして彼がわたしたちに戒めを与えられたように、互いに愛し合うことです。
24節 そして、彼の戒めを守る者は彼の中に住み、また彼はその人の中に住まわれます。そしてこのことにおいて、わたしたちは、彼がわたしたちの中に住んでおられることを、彼がわたしたちに与えられたその霊によって知るのです。その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。

〜イエシュア ハ マッシアの中へと信じるとは、聖霊と御臨在。そして、「二人または三人がわたし(イエシュア)の名の中へ集められている所には、わたしがその中にいるからである」マタイ18:20。〜これだけで、もう説明はいりませんよね。

 

 

十字架を担え2 ~魂を尽くして愛せよ

マタイ16:26

“For what shall it profit a man if he gains the whole world and forfeits his soul? Or what shall a man give in exchange for his soul?”

「というのは、人が全世界を手に入れても、❶自分の魂を失ったなら、人に何の益があるだろうか?また、人は彼の魂のために何と交換できるだろうか?」(私訳)

魂と交換できるものは、この世にはありません。十字架にヒントがあります。

 

マタイ22:37より

And He said to him, “You shall love YHWH your El with all your heart, and with all your soul, and with all your mind.”

そしては彼に言われた、「『心を尽くし、❶魂を尽くし、思いを尽くして、あなたのエルであるYHWHを愛しなさい』。(私訳)

 この言葉は、第一の戒めについて、イエシュアが述べた言葉です。

心を尽くし、❶魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神、YHWHを愛せよ。

 

この言葉の中に十字架を担うと言う意味が入っています。それは、イサクがモリヤの山に向かう姿に似ています。イサクは、父アブラハムの言うことに何ら疑いも持たず、焚き木を背負い、自らを燔祭の生贄に捧げるためにモリヤの山へ向かいました。自らを焼くための焚き木を背負い、モリヤの山へ向かったのです。その姿は、十字架を担うイエシュアの予象です。

その姿は、心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして主なる神を愛することでした。

人は全世界を手に入れても、その魂を失ったら何の意味もないのです。その魂の代わりに一体何を差し出すことができるのでしょう?

それは、この世も来るべき世界も支配される主なるYHWHを愛する愛です。それは、イサクがモリヤの山に向かう姿は、自らを焼くための焚き木を背負い、父を信じて歩む姿です。

心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして主なる神を愛する姿です。焚き木とは十字架を表し、モリヤの山は、燔祭を捧げる神殿が作られた場所です。その山に向かって、進み行き、焚き木を燃やすように心、魂、思いを尽くし、心を燃やして礼拝を捧げることです。その礼拝者の姿こそ、十字架を担ってついて来いと言う主イエスの命令に従う姿なのです。

 

f:id:AdonaiQuoVadis:20171016010322j:plain

※フランシスコ ザビエル像  岐阜市歴史博物館

信長に会ったころのフランシスコは、まだ若かったのでしょうか。彼は、いつも天を見上げていたことがわかる像です。

 

 

ハロウィン ~地獄の予行練習 再掲

kaleido11.blog.fc2.com

  私の少年時代には、聞いたこともなかったハロウィンは、アメリカと同様に日本でも盛んになりました。それも年々派手になっています。しかし、これは霊的には恐ろしいイベントです。アメリカでは毎年、お化けに仮装した人が銃で撃たれて死んでいる。そりゃそうです。ゾンビの格好でおどかされたら、殺人が日常茶飯事のアメリカでは殺される前に撃つでしょう。たくさんのお化けや角の生えた悪魔が、渋谷や〇〇〇ランドにくりだして、地獄の予行練習をする悪魔の祭典、それがハロウィンなのです。

 天国の福音とは正反対のバッドニュース。それがハロウィンです。悪魔崇拝者は、このイベントの世界での認知を目指しています。電車の中で見た、ある遊園地の広告は、魔女や悪魔をデフォルメしたキャラクターが恐ろしい顔で招いています。例の連中がメディアを指導し、啓蒙活動をしているのです。TVも漫画も子供をあいつらの方へ引き込むために洗脳しているのがわかります。

 このイベントは、小さな子供には大きな衝撃になり、恐怖は記憶に残るでしょう。興味本位でこっくりさんや心霊スポットへ行くのと同じです。そんなことないとお思いの方は、どうぞお子さんを地獄へお連れください。悪魔崇拝は、悪魔を恐れることから始まります。また、オドロオドロしい姿の仮装が良いと感じるような人に育つでしょう。これから将来にかけてもこのイベントの危険性をご理解されることを祈ります。 

 

十字架を担え1 〜レオナルド×ミケランジェロ展

レオナルド×ミケランジェロ展へ行きました。ダビンチとミケランジェロの習作を中心の展示でありましたが、気になるのは…… 

f:id:AdonaiQuoVadis:20171013203955j:plainミケランジェロ作「十字架を運ぶキリスト像

1514-1516年 大理石 2500mm 

マタイ伝16章

16:21From that time Yahushua began to show His disciples that He must go to Yerushalam, and suffer many things from the elders and chief priests and scribes, and be killed, and be raised up on the third day.

この時からイエシュアは弟子たちに、エルサレムへ行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目に起こされなければならないことを、示し始められた。
16:22Kepha took Him aside and began to rebuke Him, saying, forbid it!My Master ; This shall never happen to You.

ケパはをわきへ引き寄せ、いさめ始めて言った、「ありえません!わがよ;こんなことは、決してあなたに起こるはずありません」。
16:23But He turned and said to Kepha, “Get behind Me, hasatan! You are a stumbling block to Me; for you are not setting your mind on Elohim’s interests, but man’s.”

しかし、は振り返ってケパに言った「サタンよ、わたしから退け! あなたはわたしの障害である;❶あなたはエロヒムの関係を思わないで、人の関係を思っている」。
16:24Then Yahushua said to His disciples, “If anyone wishes to come after Me, he must deny himself, and take up his cross and follow Me.”

それから、イエシュアの弟子たちに言われた、「だれでもわたしについて来たいと願うなら、彼は❷彼自身を否定し、彼の十字架を担い、わたしに従いなさい」。
16:25 “For whoever wishes to save his life shall lose it; but whoever loses his life for My sake shall find it.”

「誰でも彼の❸命を救おうと願う者はそれを失うのだから;しかし、誰でもわたしのために彼の命を失う者はそれを見いだす」。
16:26“For what shall it profit a man if he gains the whole world and forfeits his soul? Or what shall a man give in exchange for his soul?”

「というのは、人が全世界を手に入れても、❹自分の魂を失ったなら、人に何の益があるだろうか?また、人は彼の魂のために何と交換できるだろうか?
16:27 “For the Son of Man is going to come in the glory of His Father with His angels, and shall then repay every man according to his deeds.”

「というのは、❺人の子の天使たちとの栄光の中に来る、そしてその時❻各々の人に、彼の行ないにしたがって報いるからである」。

16:28“Truly I say to you, there are some of those who are standing here who shall not taste death until they see the Son of Man coming in His kingdom.”

「まことに、わたしはあなたがたに言う、ここに立っている者のうち❼人の子の王国の中に来るのを見るまでは、死を味わうことがないいく人かの者たちがいる」。(私訳)

〜日本語訳聖書は、25、26節でヘブライ語で、נפשו、ギリシャ語で、ψυχὴνを「命」と訳していますが、「魂」という意味がありますので、KJV他のように25節は「命」、26節は「魂」としました。

21節で、イエシュアは、ご自分の死と復活に対して、予言し始めました。それをいさめたケパ(ペテロ)をサタン呼ばわりし、叱りました。その理由は、ケパが❶エロヒムの関係で考えず、せまい三次元で人の関係の思考をしたからです。それから、イエシュアは、彼の弟子たちに「だれでもわたしについて来たいと願うなら、彼は❷彼自身を否定し、彼の十字架を担い、わたしに従いなさい。」と言っています。

「❷彼自身を否定する」とは、よく自分の肉的な思いを否定することだと言われます。前の23節❶から続く文と考えると、「❶人の関係の思考を否定する」ことのようです。「彼の十字架を担い」とは、イエシュアが、❶エロヒムの関係で考え、父の御心に従い、死に至るまで従うことと同じようにすることなのでしょう。これは、イサクが父の言うままに、焚き木を担いモリヤの山へ向かったのとも同じなのでしょう。

「誰でも彼の❸命を救おうと願う者はそれを失う;しかし、誰でもわたしのために彼の命を失う者はそれを見いだす」とは、この世のことについて語っています。人間のことを考えて、自分の命を救おうと願うなら、それ(魂)を失うが、エロヒムの関係で思い、わたしのために命を失う者はそれ(魂)を見いだすのです。われわれは、ケパのように人間的な考えをしていると、サタンに取り込まれ、最終的に命だけでなく、魂までも失うのです。イエシュアのために命を失う者とは、イエシュアの十字架のようにの心に従うことです。命がけで従うなら、それ(魂)を最後に見いだすのです。「人が全世界を手に入れても、❹自分の魂を失ったなら、人に何の益があるだろうか?また、人は彼の魂のために何と交換できるだろうか?」確かに、この世には、お金のために魂を失った者たちがいます。国家予算を優に越える財産を持つ連中がいます。彼らが、人間の関係から物を考えているなら、魂はサタンに奪われてしまっています。全世界を手に入れても、❹自分の命や魂を失ったなら、何の益があるだろうか。

次の「この世の命や永遠の魂のために何と交換できるだろうか?」

この答えは、マタイ22:37にあります。

And He said to him, “You shall love YHWH  your El with all your heart, and with all your soul, and with all your mind.” 

そしては彼に言われた、「『心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたのエルであるYHWHを愛しなさい』。(私訳)

 わたし(イエシュア)のために命を失う者とは、心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたのエルであるYHWHを愛し、イエシュア(「YHWHの救い,YHWHは救い」)のために

心、魂、思いを尽くすなら、それ(魂)を見いだすのです。

 「❺人の子の天使たちとの栄光の中に来る」とは、⑴十字架のあとの復活、⑵聖霊降臨、⑶臨終時の私審判、⑷再臨時の公審判のどれに当たるのでしょう。その時❻各々の人に、彼の行ないにしたがって報いる」のですから、⑶⑷の審判の時なのでしょう。また、「ここに立っている者のうち❼人の子の王国の中に来るのを見るまでは、死を味わうことがないいく人かの者たちがいる」とあります。弟子たちの中には、⑷再臨時まで生き続ける者たちがいるのでしょうか。

つづく