神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(神の至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

新しい二つのエルシャライム ~その特徴2

 また、聖なる都、新しい❶エルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、❷神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
人の❸目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、❹死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
黙示録21:2-4
 ヘブル語で見ると❶新しいエルシャライムは、双数形で書かれています。双数形とは、二つのエルサレムを表しています。天のエルサレムと地のエルサレムです。天と地の都がつながり一体になるのです。まるで物理学で云々される異次元を結ぶワームホールのように、それは、夢物語ではなく科学者が必死に探している世界です。スイスのCERN(欧州原子核研究機構)の実験施設で、量子力学を研究する者たちが必死になって探している異次元。しかし、聖書では、2千年前にすでにイエスが開いていた霊的な異次元、天の門なのです。それは夢ではなく現実です。天と地をつなぐ門。そこでは、❷神の幕屋(臨在)が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいる天国なのです。この箇所はまるで、ヨハネ14章でイエスが語っていることのようです。
14:2わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。

3そして、行って、❺場所の用意ができたならば、またきて、❻あなたがたをわたしのところに迎えよう。❼わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。

xxx中略xxx

14:8ピリポはイエスに言った、「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します」。
9イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。
10❽わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。ヨハネ14:2-10
 
 ❷「神が人とともにおり」や❼「わたしのおる所に、あなたがたもおる」は、❽のように、「父と御子が共にいる」ような状態であることがわかります。その状態は、❸目から涙をぬぐい、❹死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもないのです。イエスは、弟子たちのために❺場所を用意すると言っています。それは、❻あなたがたをわたしのところに迎え、❼わたしのおる所にあなたがたもおらせるためであると言っています。弟子たちが死んだら天に迎えると言っているのではありません。ここに理解しずらい奥義があります。この場所とは、❽のようなイエスが父とともにいる状態です。まだ天に昇っていないイエスが、❽わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのかと言っています。イエスと父なる神がともにおられるところです。つまり父のいる神の国なのです。そこに❺場所を用意し、❻弟子たちを迎え入れると言っています。一体どこに❺場所を用意し、どうやって❼イエスのおる所に弟子たちもおらせるつもりでしょうか。
 その場所とは新しい❶エルサレム(原文:エルシャライム 双数形)です。イエスは、天のエルサレムに場所を用意し、その門を地のエルサレム(召会:岩(臨在)の上のエクレシア)で開かれるのです。門を通じて天と地が一つになって新しいエルシャライムが整えられます。このエルシャライムの真珠門から入り、天に❺用意された場所へ生きたまま入るのです。まだはっきりしませんが、これが携挙なのかもしれません。確かに、そこは❷神の幕屋(会見の幕屋:ご臨在)が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の❸目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、❹死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものとは、旧約のことでしょう。しかし、わたしには(三次元の)物質界が、すでに過ぎ去った。もうすでに新しい天が開かれたと聞こえます。
 この天国に入るには、ある条件があります。それをクリアしなければなりません。
それは、本当に愛の恩寵です。今日は礼拝中に示され、涙で立ち上がれませんでした。またのちほど書きます。
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