神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

祈りの中で114 〜コルベ神父の無畏心

夜半の祈りの中で、示されたこと。コルベ神父の身代わりの行動について、その秘訣を主が示してくださいました。

1.神父には、無畏心(畏れの無い心)があった。怖れを知らない信仰があった。餓死室をも怖れない信仰があった。どんな境遇でも「救われている」という信仰があった。牢獄でパウロとシラスのように讃美と祈りを捧げたのは、信仰に基づいた無畏心のなせるわざだ。

使徒言行録16章 25節
真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。(新共同訳)

2.コルベ神父には、意識しない愛があった。無畏心の上に隣人を思いやる無意識の愛があった。親切で人に道を譲るような無意識の愛があった。その愛は、主の栄光を現すことになった。

ヨハネによる福音書15章 13節
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。(新共同訳)

3.コルベ神父には、天においても地においても、いっさいの権威を持つ主イエスが共にいることがわかっていた。だから、終始堂々として、身代りすら進んで申し出れたのだ。

マタイによる福音書28章18-20節

28:18イエスは来て、彼らに語って言われた、「天においても地においても、いっさいの権威がわたしに与えられている。

28:19だから、行って、すべての国民を弟子とし、父と子と聖霊の名の中へと彼らをバプテスマして、
28:20わたしがあなたがたに命じておいたことを、すべて守るように教えなさい。見よ、わたしはこの時代の満了まで、日々あなたがたと共にいる」。(回復訳)

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「そのとき、囚人の中からひとりの男が所長の前に進み出た。

所長は銃を突きつけ「何が欲しいんだ、このポーランド人め!」と怒鳴った。

しかし、男は落ち着いた様子と威厳に満ちた穏やかな顔で「お願いしたいことがある」と言った。

所長が「お前は何者だ」と問うと、その男は「カトリックの司祭です」と答えた。そして静かに続けた。「自分は、妻子あるこの人の身代わりになりたいのです」。

所長は驚きのあまり、すぐには言葉が出なかった。囚人が皆、過酷な状況の中で自分の命を守るのに精一杯なのに、他人の身代わりになりたいという囚人が現れたのだ。

その場のすべての者は呆然となった。しばらくして所長は「よろしい」と答え、コルベ神父を受刑者の列に加え、ガヨヴィニチェクを元の列に戻すと、黙り込んでしまった。」〜以上、聖コルベ館HPより〜

なるほど、神父の顔は、すでに勝利した!と語っています。彼は勝利者そのものです。私は、コソコソ逃げようとしたが、彼は堂々とアウシュヴィッツで主の権威を現しました。その姿に所長もたじろぐほどでした。ここに秘訣があるのですね。

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