神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

第一の掟の完成 〜絶え間なき祈り

マタイによる福音書 22:37 新共同訳
エスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』

この掟(戒め)を完成させるのは、絶え間なく祈ること。絶え間なく祈るなんて無理だよ。仕事も家事もあるし、、、

いや、第一の掟を完成させる秘訣=「絶え間なく祈る」その方法があるのですね。その紹介動画です。一日中、神を慕い求める沈黙の祈りとは。勉強になります。ヴァースーラ・リデン 確かに、噂どおり現代の預言者なのかもしれません。

youtu.be

https://youtu.be/cHPuqoWQj6U

 

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主のご臨在の心地良さは、自分を苦しめたり、断食したりというこの世の行動などを遥かに凌駕する天国そのものなのだと感じます。ご臨在に入るため、この世の俗なTVやメディアから離れるのは有効でしょう。しかし、修行僧のような、この世の締め付けや旧約の律法のような行動抑制は不要な世界になるのでしょう。気にならなくなるとでもいうのか。この世のことが塵芥となるというか。OVERCOME/SURPASSしてしまう。地上天に入る心地良い至福こそ第一の掟であって、この戒めの肝は、天父のご臨在とご愛にひとつになることだと、、、そう感じてきています。それは、歴史の中で多くの殉教者が体験した歓喜。迫害を受けたカータル・シングが拷問の中で、天を感じ、歓喜の中に入ると、村人たちはキリスト者に拷問はきかないと悟りました。天父の愛に入ってしまうことで、この世の痛みも苦悩もなくなってしまう。しかし、自身を見れば、まだまだ至ってないのです。

第一の掟は、エホバと一体になれと言っているのでしょうか。そう、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、エホバ・あなたの神を愛せよ」とは、愛する主を慕い求め近づき、聖なる主のご臨在の歓喜に入れと招いていらっしゃるのでしょう。

「また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭17:21‬ ‭口語訳‬‬
https://bible.com/bible/1820/luk.17.21.口語訳

その招きに応えて、わたしたちのただ中にある神の国を、日々感じていたいのです。

もう少し、ギリシャ正教のヴァースーラ・リデンの話しも調べてみたいですね。

 

カータル・シングについて

https://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2019/05/13/032029