神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

💖イエスのピスティスで生きる

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ローマ3章

3:21 しかし今や、律法とは別に、しかも律法と預言者によって、❶神の義が明らかにされ、証しされました.
3:22 すなわち❶神の義は、❷イエス・キリストの信仰(ピスティス)を通して、信じるすべての人にもたらされました.そこには何の差別もありません.
3:23 なぜなら、すべての人は罪を犯したので、神の栄光に欠けており、
3:24 価なしに,❸彼の恵みにより、キリスト・イエスにある贖いを通して、義とされるからです.
3:25 神はこのキリスト・イエスを立てて、なだめの場所とされました.それは❹彼の血により、信仰を通してであって、❺彼の義を明らかに示すためです.すなわち、人が以前に犯した罪を、神は忍耐をもって見過ごされましたが、
3:26 それは現在の時に❺彼の義を明らかに示すためです.こうして❶神が義であり、また彼は❻エスの信仰の者を義とされるのです。
3:27 それでは、どこに誇ることがあるのですか? 全くありません。何の法則によってですか? 行ないの法則ですか? そうではなく、❼信仰の法則によってです。
3:28 なぜなら、人が義とされるのは、律法の行ないによるのではなく、❽信仰によると、わたしたちは勘定するからです。
3:29 それとも彼は、ユダヤ人だけの神なのですか? 彼は異邦人の神でもないのですか? そうです、異邦人の神でもあるのです.
3:30 神は唯一ですから、割礼の者を❾信仰のゆえに義とし、また無割礼の者を、❾信仰を通して義とされるのです。(回復訳)

 

最近ある課題があって、心の中に恐れを持ってしまいました。それは、自分の信仰が弱いものだと思っていたのですが、その姿勢自体が間違っていることに気づかされました。もともと 信仰とは、自分自身の行いや努力によるものではない。もともと信仰とは自分の心が信じて疑わないということではない。もともと信仰とは、自分のものではない。イエス・キリストのものだ。「イエス・キリストの信仰(ピスティス)を通して、信じるすべての人にもたらされた」❶神の義とローマ書に書いてある。

3:22❶δικαιοσύνη δὲ Θεοῦ διὰ ❷πίστεως Ἰησοῦ Χριστοῦ, εἰς πάντας τοὺς πιστεύοντας· οὐ γάρ ἐστιν διαστολή·

--❶the righteousness of God through ❷faith of Jesus Christ, toward all those believing, no indeed there is distinction.

また、ローマ3章は、「❸彼の恵みにより、キリスト・イエスにある贖い」「❹彼の血により、信仰を通してであって」「❺彼の義」「❻イエスの信仰の者」「 ❼信仰の法則」「❽信仰による」「❾信仰のゆえに義とし、❾信仰を通して義とされる」とつづく。

一体誰の信仰によるのか?❷誰の恵みによって、誰の贖いによって、❹誰の血によって、❺誰の義を神が認めたのか?❻誰の信仰の者を、❼誰の信仰の法則が、❽誰の信仰により、❾誰の信仰のゆえに義とし、❾誰の信仰を通して義とされるのか?

 誰?イエス・キリスト以外にいない。主イエス・キリストの信仰(ピスティス)を通して私は救われたのだ。自分の信仰が強く、信仰深いから救われたのではない。自分の信仰が弱いから救われないのでもない。主イエスが絶大な信仰を持って救いを完成されたのだ。救いを完成された❷主イエス・キリストの信仰(ピスティス)に乗っかって生きるのが、❶神の義なのです。このことを示されて、本当に心の恐れがなくなり、自分には信仰がないと震えることもなくなった。なぜなら、主イエスご自身の信仰は揺らぐことがなく、山を動かし、水の上を歩き、死からよみがえったのですから。自分はイエスに頼る少しの信仰があれば良いのであります。つまり、❷イエス・キリストのピスティスにより頼み、イエス・キリストの岩の上に生きることなのです。これにより信仰が揺るがないものであると理解しました。なぜなら、自分の信仰ではなく、❷主イエスの持つ信仰によって山が動きだし、水の上を歩きはじめることが可能なのですから。これは私の信仰ではなく、イエスのピスティス(信実)の体験です。このことを理解できたことは、本当に感謝なことです。

 

イエス・キリストのピスティスは、ギリシャ語の主格的属格で理解すべきです。

パウロにおけるイエス・キリストの ピスティスの意義     シェアさせてください。

ロマ3: 22,26; ガラ2: 16; 3: 22; フィリ3: 9の釈義的考察  
原 口 尚 彰氏

http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/research/journal/bk2015/pdf/no03_03.pdf

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