神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

携挙の信仰 〜空飛ぶ聖ヨセフ

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17世紀イタリアにコペルティーノのヨセフ(Giuseppe da Copertino)という司祭がいたのをご存知でしょうか?

1603年、イタリア南東部の村コペルティーノに生まれたヨセフには、現代でいうところの❶学習障害があり、すぐに癇癪を起こしたため、彼は不十分な教育しか受けられませんでした。

ヨセフの生活は❷質素で献身的だったこともあり、1620年、修道会は彼を修道士として受け入れました。そして、1625年に彼は神父となりコンヴェントゥアル小さき兄弟会に入会します。❸信仰心が篤く祈りと断食を通して、❹どんな仕事も真心を込めて行なうその姿が認められて、1628年、司祭に叙階されました。
 その頃からヨセフは❺頻繁に宗教的エクスタシー(脱魂)を体験するようになりました。

 そんなヨセフには、いくつか特殊な能力がありました。懺悔の際に❻信徒が正直に話をしているかどうかが彼にはわかり、❼病人を癒すこともできました。

 そして、もっとも特筆すべきは、❽宗教的エクスタシー(脱魂)を感じると、空中浮揚するということが頻繁にあったことです。

 またまた!与太話が始まった!と思う方、どこぞのアグラをかいたままジャンプした一瞬の写真をさも空中浮揚だと言った眉唾者とは違うのです。

 ヨセフは、二、三度空中浮揚をしたわけではありませんでした。信じがたいことに、彼は何の道具も使うことなく、高さ73mまで浮揚した記録があるのです。それもミサの最中に会衆の前で浮き上がるので、周りの神父が浮き上がらないように引っ張っていたほどだと言われます。

 ヨセフの初めて挙行したミサの時にも、彼は脱魂状態となり、その後も十字架上のキリストの脇腹の御傷を見るだけでも脱魂し、空中に浮き上がるのです。彼は体を宙に浮かべて祈る姿から「空飛ぶ修道士」と言われるようになりました。❾彼は空を飛んでいる時、意識が遠のき脱魂状態になります。

 この神秘現象については、ヨセフが挙行するミサ聖祭に与かった100名以上の高名な目撃者がいます。また、ヨセフが有した浮揚力はかなりのもので、時折、他人の腕を掴んで一緒に空中に持ち上げて運んだこともあったほどでした。

 教会当局は1635年、彼を厳重に調査し、彼を人里離れたカプチン小さき兄弟会の修道院へ移しました。それは、飛行や浮揚の現象は、魔術と関連していると広く信じられていたので ヨセフは非難され異端審問にかけられたためでした。この修道院で、彼は誰にも会うことができませんでした。
 晩年に、オージモ(Osimo)に在るコンヴェントゥアル小さき兄弟の修道院に移ることが許可されます。民衆の目に触れることを禁じられましたが、彼は不平を発することなくこの試練を謙遜に受け入れ、命令に従っていました。1663年、彼はその生涯をまっとうし天に召されました。

 ヨセフの神秘的な体験については、1753年2月24日にベネディクト14世教皇によって列福された際も丹念な調査が行われました。また、1767年7月16日、クレメンス13世教皇によって聖人とされました。

カトリック列福・列聖の手続きは、大変な時間を要します。1588年にカトリック教会が列聖省を設立して以来、後に聖人とされる人物の死から実際に列聖されるまでの期間は平均で181年となっています。

福者になるためには、証聖者の場合、その人に祈りをささげることによって重い病気から回復した、といった、一つの「奇跡」が必要です。殉教者の場合は必要ありません。調査委員会が中心になってさまざまな資料を集め、厳密に調べます。その最終的調査資料のもとで、列聖省の専門委員会を経て同省の枢機卿委員会での会議を通った後、教皇列福の教令に署名し、列福式をもって「福者」と宣言されます。

また、聖人に認定するためには、さらに大変です。
聖人とは、生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した人たちのことであり、神と人々のために、またその信仰を守るためにその命をささげるという殉教もその証明となります。福者の列に加えられた(列福)後、もう一つの「奇跡」が前提となり、福者と同様な調査と手続きを踏んで教皇が公に聖人の列に加えると宣言し(列聖)、その式(列聖式)はローマの聖ペトロ大聖堂で盛大に執り行われます。

ヨセフは、これらの調査を経て聖人となったのです。

聖ヨセフは、➓主イエス・キリストとの完全な一致を求めた聖人とされています。

携挙がどのようにして起きるのか?携挙を前にわれわれは聖ヨセフに学ぶべきでしょう。

【聖ヨセフの特徴】

❶子供の頃、学習障害があり、すぐに癇癪を起こした

❷質素で献身的

❸信仰心が篤く祈りと断食

❹どんな仕事も真心を込めて行なう

❺頻繁に宗教的エクスタシー(脱魂)を体験

❻信徒が正直に話をしているかどうかわかる

❼病人を癒す

❽宗教的エクスタシー(脱魂)を感じると、空中浮揚する

❾空を飛んでいる時、意識が遠のく

➓主イエス・キリストとの完全な一致を求めた

「聖ヨセフは、神の驚異・奇蹟を意識したり、聖母マリアの図像を見ると、エクスタシーを体験し、大声ですすり泣き、空中へと浮き上がった」とあり、サンダー   シングの脱魂(エクスタシー)体験や第三天に引き上げられた使徒パウロの体験にも似ています。愛する主や天国へ思いを馳せるとき、脱魂状態で意識せずに身体が浮揚しているのがわかります。

かつて主イエスが水上を歩き、天へ昇られたことを思うと、空中浮揚はわれわれにもできそうです。なぜなら、主が語られるからです。

「よくよくあなたがたに言っておく。わたしを信じる者は、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大きいわざをするであろう。わたしが父のみもとに行くからである。」
‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭14:12‬ ‭口語訳‬‬
https://www.bible.com/1820/jhn.14.12.口語訳

われわれは、この歴史の中の聖人に、「不思議だなあ、、」とただ漫然として考えているのなら、その程度の信仰で携挙に対応できるでしょうか?

私は、聖霊の喜び、主に対する喜悦(エクスタシー)こそ、携挙の鍵であると思います。

 

https://biz-journal.jp/2020/06/post_164273_2.html

 

https://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2016/12/28/143028