神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、終末預言や聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

敬愛する師8 〜釘宮義人師 証よりFB改

釘宮義人牧師の「日岡だより」からシェアさせていただきます

 手島先生の特徴は少なくとも二つです。
 第一は、キリストの福音が、その力量性において非常に顕著であることの実証です。つまり❶目に見えるばかりの手近にありありと奇蹟的信仰の力を見せてくれることです。
 その特徴の第二は、先生の明るい積極的な性格です。いわゆる世間で知られている温和で控えめで優しいクリスチャンというのではなく、❷押し付けがましいほどの大胆無類のクリスチャンのニュー・タイプです。
 私は手島先生から破門された旧弟子ですが、有り難く思っています。破門しないわけには行かぬ旧弟子であると、認めて下さるわけですから嬉しいです。出て行くなら勝手に出て行け。お前など出て行っても一向に困らないという程度の弟子ではないと認めて下さった訳ですから嬉しいのです。
 先生の力量たっぷりの講義と奇蹟力、これは一度でもその場に列席しなければわかりません。既に先生は天に召されましたから、その現場を見る訳には行きませんが、今回の先生のドキュメント映画を拝見すれば、些かでもその凄さに驚かされるとおもいます。今日の映画会が楽しみです。
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 さて、ちょっと先生について触れざるを得ない、私の先生についての批判面に触れておきたいと思います。先生が感情的にお弟子さんたちをポンポン怒ったとか、お酒を飲みなさったとか、そういうことは、先生のご愛嬌面であって、魅力でもありました。❷素直に自分を表現なさる点、いわゆるお上品な牧師さんがたと違って、多くの人が先生に惚れこんだ一面でありました。
 実は、批判面というのは、信仰についての大事な問題点です。キリスト教の救いの教理に関する面で、一つの急所があります。それは「義認論」です。キリスト信仰の中心は人間の持って生まれたままの「罪」をイエス様の十字架によって許していただくということです。
 それは私ども人間の側の「信仰のみ」によって与えられるキリスト神様の恵みであると言われます。それは、私たちの信仰によって、キリストが持っておられる「義」を与えられる。私たちはこのキリストの義により、私たちも神の前に義人と認められる、というのです。これを「義認の信仰」と言います。宗教改革マルティン・ルターが勝ち取った「義認の信仰」です。
 イエス様の十字架の代償の御業を信じるだけで、私たちの生まれながらの罪あるがままに義人として認めて頂ける、この信仰を頂ける「神秘」を頂戴するのです。
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 イエス・キリストを信じる信仰だけで、神様の前に義人と認められるという、この義認の信仰が、手島先生の目からみると、❸単なる知性的言葉の入れ替えで、罪が義に替えられる。この義認信仰の早業に手島先生は疑問を抱くようです。これは知性による手品のようなものではないか。これは信仰とは認められない、というのが手島先生の批判でありました。先生にとっては義認の信仰はインチキに見えたのだと思います。
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 先生の信仰を私どもの立場から、お察ししてみますと、先生はカリスマ的な力量的信仰を真っ先に掴んだ恵まれたお方だったに違いないと思います。
 ❹先生に分からないのは、信仰の一向に進まず、弱い信仰の人の信仰です。世の波風につまずき、悩み苦しみ、自分の不信仰を嘆きつつ、なおもイエス様にしがみつく時、自らが弱いままで、信仰がしっかりしないままで、ただイエス様の憐れみにしがみつき、イエス様の愛だけを頼りにして信仰を立てつづける。こういう信仰の持ち方です。
 自分の信仰の弱さに徹して自分の信仰をしっかり持つ、こういう信仰もあるのですね。「我れ、弱き時にこそ強し」、という信仰ですね。
 かように「信仰が弱いからこそ、助けてください、この弱い信仰のまま、私を守り立てて、あなたの愛の故に私を立てあげてください」という、だから絶対不倒の「だるま信仰」ですね、いかがでしょう。《く》
ー以上ー
~なるほど、釘宮師が破門されたわけも理解できました。多分、私もどやされて破門されるタイプでしょうから。とても参考になる一文でした。釘宮先生、孝枝先生には感謝です。
 さて、敬愛する師の❶ありありと顕われる奇跡力は、主イエスがともにいてくださったからだと思います~これについてはまた書きます。また、師は、歯に衣着せずに❷のようにずばずばと語っておられた。師はこの世を十字架に架けてしまっていたので、このような率直さがあったのだと思います。この世ばかり見ている生臭坊主は、檀家の顔色をうかがいます。師が信仰義認というものを経験したのは、多分学生時代だったはずです。そのあと、兵士として出兵し幽閉され九死に一生を得て、帰国すれば米国軍政官に追われ熊本阿蘇を逃げさまよい、死を覚悟する中で御竈門山にて輝くキリストに実際に会ったと言っていました。
 何度も体験したそんな「死の陰の谷を歩む」経験の中で、師は霊的にもとても深い信仰体験を積んだ方でした。その自分の体験を教友に経験してほしいという熱い思いが、教友には❸❹のように感じられるほど空回りしていたのかもしれません。師が言うコンバージョンということばは、なまはんかな生命ではない、実生活がガラッとまったく変わってしまうような救いをめざしていたようです。
 自分も振り返ると、高校生で洗礼を受けたころの信仰はただ映画を観て興奮しているようなものであったとも感じています。それから紆余曲折し、苦労の末に受けた聖霊のコンバージョンは言葉では言い表せないような絶大な変革を人生に与えてくれました。師の言葉がすこしだけですがわかるくらいにまでなりました。
 白か黒かはっきりしないとすまない手島先生と、そんな先生に躓いてしまう者たちをも心優しく導いただろう愛の人 釘宮牧師。どちらの尊い器にも神の豊かなご愛とご計画が感じられます。上の文章からその姿が目に浮かびました。感謝致します。

日岡だより↓

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