神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教などに学び、聖書解釈の記事も載せていきます。栄光在主!

祈りの中で127 〜その日だけで十分

 

マタイ伝6章

33まず神の王国と神の義を求めなさい.そうすれば、これらの物はすべて、あなたがたに加えて与えられる。
34こういうわけで、明日のことを思い煩ってはならない.明日は明日自身が思い煩うからである。①その日の苦労は、その日だけで十分である。

マタイ伝6:33-34(回復訳)

 

祈りの中で、示されたこと。

ご臨在の中で、「明日のことを思い煩ってはならない」。この言葉を示された。

なぜ、人は悩み苦悩しているのか。それは未来のことを悩むからである。明日のことを思い煩って、明日のために蔵を建てた金持ちの例え話があったが、その金持ちは、その夜命を奪われた。

明日のことを思い煩い、金儲けをしよう、自分の家を大きくしよう、何を買いだめておこう、明日が心配だ、そんなことを考えている時は幸せにはなれない。

本当の幸せは、その日その日の営みにある。

 

 

 

かつて、Daniel Evarret ダニエル エヴァレットが アマゾンのピダハン族に見いだした過去も未来もない文化。ジャガーに襲われるような過酷なジャングルで、彼らには、自殺や鬱病もない。いつもニコニコしており、その幸福度はとても高いのです。それは、この聖句を地でいくような①今を大切にして、過去や未来の概念がない生き方に秘密があるようです。

そして、大切なのが彼らのよく遣うことば「イビピーオ」。エヴァレットは、「視界に入る、入らない」ときに遣うようだと言う。

私は、「イビピーオ」は、「②存在」の認識を示すと思います。小さな子が、「あっ!」と発見したことを指差すように。

ピダハンは、自分が見たことのないものを信じない。しかし、彼らは、森の精霊を信じる。なぜそんな見えないものを信じるか?

答えは、彼らが森の精霊を感じるからです。

エヴァレットは、宣教師としてピダハン族のところへ行き、彼らと共に生活した。しかし、自分より幸せなピダハン族の姿に自分の信仰は揺らいでしまった。

現代人の彼には、思い煩いがたくさんあり、神の体験もとぼしかった。

今のキリスト教に必要なのは、このマタイ伝6章の聖句「①明日のことを思い煩ってはならない」と、実際に神の②臨在をありありと感じる体験である。決して森の精霊(地縛霊)なんかじゃない。もっと大きな、我々を創造された主を感じて生き、人々にも体験させること。

創造主の②存在=現れを体験するなら、ピダハン族は皆、神を信じ受け入れただろう。

エヴァレットは、「①明日のことを思い煩ってはならない」と言う聖句を実践できていなかったし、イエス キリストのご臨在を運ぶことも出来なかった。
かえって、ピダハンからマタイ6章を教わったのだろう。これが西洋キリスト教の現実である。

今までの西洋の中途半端なキリスト教を信じているのでは、ピダハン族に笑われるだろう。

私たちは、①明日のことを思い煩わない者となり、②主の臨在を運ぶ者でなければ本物ではないのだろう。

十字架上に我らの罪、負債を処理された神のひとり子イエス キリスト。過去も未来も時を超えて贖われたその御業に与り生きる。

昨日の罪や負債も明日の心配も忘れて、空の鳥のように今を生きる幸せを感じるのです。そして、最高の幸せは、インマヌエル(主は共にいる)なる方といつも共に頸木を繋いで生きることなのでしょう。

 

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2022.6.13撮影

https://youtu.be/omX1QUDQpFI

「それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。 金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、 やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、 こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』 しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。 自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭12:16-22‬ ‭新共同訳‬‬
https://bible.com/bible/1819/luk.12.17-22.新共同訳