神の至聖所 ~預言書としての聖書とキリストの啓示より~

 聖書の日本語訳に疑問を持ったのを切掛けに、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教、太古の経典にも学び、それら預言からの終末の世界情勢に言及。臨在(至聖所)の中で開かれる聖書預言が現代社会に実現している驚きの実態を紹介します。栄光在主!

タブハの戦闘機

20代前半、夏の休暇にガリラヤ湖のユースホステルに数日滞在したことがありました。

湖畔のすぐそばで、暑さしのぎにガリラヤ湖で泳いだり、のんびりタブハ周辺を散策して過ごしました。45年前ですので、日本人には一人も会うことができませんでしたし、巡礼の人が数人滞在しているような施設でした。

ガリラヤ湖では、かなり暑い日でも水遊びと日光浴をする人が稀にいる程度でした。決して綺麗とは言えない湖の沖でひとり泳いでいたのを覚えています。

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このユースホステルは、タブハ近くのHI Karei Deshe Hostelですが、もともとは19世紀末に建設された歴史的なドイツ系キリスト教巡礼者の宿所を借り受け、1961年にイスラエル・ユースホステル協会(IYHA / HI Israel)のユースホステルになったものです。

1990年、旧施設の土地・建物の所有権が元のドイツ教会側に返還されたことに伴い、1990年代に旧施設から約1km南へ離れた現在の場所に新しい近代的なホステル施設が建設・移転されたと言うことです。

 「カレイ・デシェ」の由来は、「青々とした牧草地」。1955年にこの地域一帯がヘブライ語で「青々とした牧草地」を意味する「カレイ・デシェ(Karei Deshe)」と正式命名されました。

 今はずいぶんお高いホステルになってしまいましたが、相変わらず2段ベットと コシェル基準の朝食ビュッフェのようで、あまり泊まりたくはない感じです。

 私が実際に宿泊したのは北に1キロ行った1980年代の旧施設で、現在はTabgha Pilgerhausというホテルになっています。

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このホテルからは、ペテロの召命教会やパンと魚の奇跡教会、山上の垂訓教会、カペナウムなどへ歩いて行くことができました。

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8月のシャバットの日、バスも運休して来ないので、タブハからカペナウムへ歩いて行くことにしました。

カペナウムの七使徒教会の紅い屋根が見えてきたときです。イスラエル軍のジェット戦闘機2機がガリラヤ湖からこちらへ向かって高度を下げて接近してきました。ユダヤ教では、シャバット中に出歩くことを禁じています。多分通報があって、テロリストと間違えられたのかも知れません。

戦闘機のパイロットは、こちらをしっかりと見つめてから、右に旋回しながら、再び高度を上げて、湖を旋回しています。戦闘機は、再び高度を下げながら、こちらへ向かってきます。パイロットと目と目が合いました。

「次は撃たれるかもしれない」

突差に、バックの中からタオルを取り出し、杖に結いて戦闘機に向かって大きく振りました。

すると、もう一度右に旋回しながら、戦闘機はティベリアの方へ戻って行きました。命拾いしました。

シャバット中に見たこともないような東洋人が、レバノン、シリア国境方面へ向かって歩いている=テロリストだ!と通報でもあったのでしょう。

当時は、日本赤軍の岡本公三によるテルアビブ乱射事件の後でしたので、イスラエルでは、日本人をかなり警戒していました。

ちなみに、PFLPの発表によれば、岡本公三は、今年(令和8年)7月23日、レバノンベイルート南郊で死亡した(78歳没)と言う話です。

イエス・キリストの時代も、決して平和だったわけではありません。ローマに占領され、国が滅びてディアスポラを迎える前の混乱した時代だったのです。

ガリラヤ湖畔に立って、その自然と平穏な波の音を聞いていると、キリストがこの湖を愛した理由を体感できるのです。

山上の垂訓の一節

「あなたがたは世の光である。*山の上にある町は、隠れることができない。 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭5‬:‭14‬-‭15‬ 新共同訳‬
https://bible.com/bible/1819/mat.5.14-15.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3

この*山の上の町は、ツファット(Zefat  צְפַת)を指していると言われます。ガリラヤ湖を見下ろす標高約900mの高地にあり、イエスが「山上の説教」を行ったとされるガリラヤ湖畔の丘(いわゆる「祝福の山」)から、北側の山の上にその姿がはっきりと見えました。晴れた日には遠くからでも白く輝く街並みが目立つため、イエスが説教の最中に実際に視界に入っていたツファットを指さしながら、「山の上にある町は隠れることができない」と例え話に使ったと考えられます。

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山上の垂訓教会

2000年前にも標高900mのツファットの灯りは、夜になれば、湖畔の祝福の山からよく見えたはずです。そして、はからずも、16世紀のツファットの学者たちが思い描いた「宇宙の神聖な光を拾い集める」という神秘的なビジョンは、現代では「世界をより良い場所にする」という実動的な倫理になりました。

そして、ツファットのハシディズムに影響を受けたアビシャル・ハルシェフィー博士の語った全き人になる備え(蝋燭の喩え)が、繋がってくるのです。

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https://adonaiquovadis.hatenablog.com/entry/2024/11/03/043202

「人はともし火をともして、それを升の下に置くことはしない.むしろ、燭台の上に置いて、家の中にいるすべての人を照らす。
同じように、あなたがたの光を人々の前に輝かせなさい.それは、彼らがあなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父に栄光を帰すためである。」‭‭

マタイによる福音書‬ ‭5‬:‭15‬ 回復訳‬

「イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」」
‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭8‬:‭12‬ 新共同訳‬
https://bible.com/bible/1819/jhn.8.12.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%