神の至聖所 ~聖書とキリストの啓示より~

 神の臨在(神の至聖所)の中で開かれる聖書の啓示を紹介します。開示できるもののみです。栄光在主!

カイラスの大聖 その2 ~サンダー・シングの出会った栄光体 新しい名SS7

 近所にネパール人のカレー屋ができました。妻と昼食をとりに行ったときに、4人いるネパール人の店員に、サンダー・シングのことを聞いてみました。「スンドラ・シング?はいはい」。大きくうなずいた。「マウント・カイラス」。これも知っていると大きくうなずきました。現地では有名なようです。

 東洋の聖フランシスコと言われるサンダー・シングは、宣教旅行中、ネパールと中国チベット自治区の国境にある聖なる山と呼ばれるカイラス山で、偶然にも不老不死の大聖に出会いました。この不思議な老人は、今から400年前、フランシスコ・ザビエルの甥、イェルナスを師とし、導かれた者であったといいます。このイェルナスは、ほぼ全世界を行き巡り、インドでも数年間を過ごし、中でも皇帝アクバル、その他の著名人と宗教指導者たちに洗礼を授けたことは知られています。(訳注:イェルナスはラテン語のヒエロニムス)

 この老人は、霊体で自在に世界中をめぐることができ、死ぬことのない栄化された体をもっていたと言います。

サンダー・シングの話より

「わたしは、テーリからガンゴドリ経由でカイラス山へと向かっていた。マンサルバル湖へ行く途中、わたしはある岩の上に石の十字架が立てられているのを見た。このような寂しい場所に勝利のしるしを見て、喜びに胸が高鳴るのを覚えた。そして、さらに多くのしるしがないかと辺りを探し回ったが、何も見つからず、がっかりして山を下りつつあった。このとき氷に足を滑らせ転落し、ある洞窟の前に落ちた。そこに目を閉じたまま座っている尊者を見て、非常に驚いた。

***(中略 その1で紹介済)***

 彼はこう言った『神は世界各地のために祈れるように、(長い宣教のあとで)今度は祈りの仕事をお与えになったのだ。キリストの再臨が近いゆえ、わたしはご再臨の日まで生きているであろう。***』

 彼の言葉は、言い表せないほどの感動をわたしの心に与えた。このままずっと一緒にとどまりたいと思ったが、彼はわたしに24時間以上そこにいることを許さなかった。もっとも、わたしは霊において、今も彼と会っている。彼は、霊において全世界をめぐることができるからである。 

 わたしは、初めこのことを疑っていたが、彼がわたししか知らないはずのことや、友人に関することを述べたときに、わたしは❶この人が本当に霊体で地球の各地を行き来できるという確信をいだいた。彼はまた、すでにこの世を去った指導者たち、聖人たちとともに、キリストの中に生きているとも言った。彼らはわたしたちから離れてはいない。できれば体の形をとって我々に語り掛け、知り会いに会って自分たちが想像もしなかったほどの至福に満たされていることを伝えたいと思っているが、神は体のかたちをとることをお許しにならない。信者は、正しく、また祈りを通して、主ご自身から祝福を受けることを、神はお望みなのである。

 何度かお名前を聞きたいと申し出たが、彼はこう答えるだけだった。『❷名は自分に関係するが、自分は今や自分ではなく、内に住みたもうキリストが自分である』と。」

~以上サンダー・シング「聖なる生活」より

 このカイラスの大聖は、❶霊体で地球の各地を行き来できるということをサンダー・シングは確信したと言っています。霊眼(ひとつの目)が開かれれば、可能なことだと思います。しかし、彼の話の中で最も興味を引く部分があり、この大聖の話が真実であると確信する行があります。それは、『❷名は自分に関係するが、自分は今や自分ではなく、内に住みたもうキリストが自分である』と語ったことです。

 栄化について学んだ方なら、これがわかるでしょう。サンダーはまだわからなかったためか、何度も名前を聞いたと言っていますが、この箇所こそ大聖が本当に栄化された方だとわかるところです。レーマを読み解くでも紹介しましたが、大聖は、黙示録にある聖句を実際に身に表していたのですね。

以前の記事を思い出してください。 

「耳のある者は、その霊が諸召会に言われることを聞くがよい。勝利を得る者には、❸隠されたマナを与えよう。また❹白い石を与えよう。その石の上には、それを受ける者のほか、❺だれも知らない新しい名が記されている』。」(黙示録2:17回復訳)

 以前にも紹介しましたが、この黙示録では、勝利を得る者には❸隠されたマナ=み言葉の奥義を与えるとおっしゃっています。また、❹白い(聖い)石が与えられます。以前に石はご臨在であるとお話したことがあります。また、❺新しい名とは、❸み言葉と❹ご臨在の土台に建て上げられる「内なる人(各自のキリスト)」です。アテフ神父が語っていた第3の誕生で生まれた「内なる人」に新しい名が与えられるのです。現世でも与えられる栄光体である内なる人が胎生し、誕生したなら、❺新しい名が必要なのです。その名は、それを受ける者のほかは誰も知らない名です。新しい人が建て上げられると、もはや古い自分の名は消え去ります。古い名をもって、過去の罪をサタンに告発されることもないのですね。

 不思議なことに、栄化の奥義が、サンダーの出会った大聖の言葉の中から期せずして表されていました。

カイラス

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※ サンダー・シング記念教会

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